Albero
ローダンセの行く先は

柊/氷室/御影 仲良しグループ
柊とマリィが卒業した後の話。CP要素無し
2022/4/29 脱稿



またね、と彼女たちが手を振ってこの学校から去ってひと月。
気が付けば理科準備室の扉の前に立っていた。慣れ親しんだ習慣が簡単に抜けてくれるなんてことはないらしい。
中から物音がするので部屋の主が居るのだろう。特に躊躇いもせずノックして、返事を待たずに扉を開ける。
雑然とした部屋という表現を欲しいままにしているこの場所は、相変わらず同じ香りが漂っていた。

「イノリか」
「……どうも」

奥でティーポットにお湯を注いでいた御影が、入ってきた一紀に気が付いて顔を上げる。

「どうした、浮かない顔して」

すっかり見慣れてしまった揶揄うように笑う顔は、心なしか浮かないように見える。――と言ったら彼はどんな反応をするのだろうか。
そんなことを馬鹿正直に指摘するなんて一紀はしない。真面目に、ただ単純な疑問として、問いかけてしまう彼女たちはもうこの学び舎から居なくなってしまった。

「新学期だから、少し疲れただけです」
「ならこのお茶がぴったりだな」

蓋をした透明なティーポットの中で、茶葉がお湯をルビーレッドに染め上げている。鼻に慣れた匂いに、お馴染みの色。
揺蕩う茶葉を一紀が眺めていると、御影は戸棚から透明なカップを取り出す。右手に二つ、左手に二つ。
目線で椅子を勧められたので大人しく座る。ここに座るのも、もう何度目になるのだろうか。
一紀の目の前に御影は取り出したカップを置く。その隣には揺れるルビーレッド、そしてきっかり六分計れる砂時計。最初にここでお茶会が開かれた時、御影ブレンドは六分蒸らすのがいいと言っていたのを思い出す。

「……小次郎先生」
「なんだ?」

一紀は目の前に置かれたカップを指さし、顔を上げる。

「僕たち、二人ですよ」

ぐっと御影の目が大きく開かれる。一瞬の後、いつものように彼はへらっと笑う。

「そう、だったな。悪い、クセでな!」

言葉が詰まっている。取り繕おうとしているのが手に取るように分かる。
彼もまた彼女たちが居なくなった日常に慣れていないのだと一紀にも伝わってくる。
一紀はせっかく上げた顔をまたテーブルに戻してしまった。砂時計はさらさらと落ちていき、変わらないブレンドティーの味を作り上げようとしている。

「……慣れませんね、なかなか」
「そうだなぁ……」

多すぎたカップを二つ取り下げて戸棚に戻し、御影は窓にもたれかかるように立つ。
お互い何も言わないが、ぽっかりと穴が開いたような気持ちを持っていることが分かる。
彼女たちが卒業してこの学校から去るというのは避けられない事で、一つ年下の一紀や教師である御影が取り残されるのはなんら不思議なことではない。
頭では理解しているつもりだが、心まではすぐに追いついてくれないのだ。

「大学生活、楽しんでんのかね」
「どうでしょうか。先輩、真面目だから、いっぱいいっぱいになってそうですけど」
「ははっ、あり得るなぁ」

テーブルに片肘をついて一紀が言うと、御影も眉尻を下げて頬を緩める。きっと彼女の顔を思い出しているに違いない。

「夜ノ介先輩は、相変わらず忙しそうですし」
「定期公演も人気だって話だからな。嬉しい話ではあるんだが」

先日もはばたきニュースで満員御礼の挨拶を座長である柊が話しているのを見た。みんなでいる時に見せる無邪気な様子はなく、座長としての顔だったことに少し違和感を覚えたほどだ。
さらさらと音もなく砂時計が下に落ち切る。気が付いた御影がティーポットを手に取り、二つに減ったカップにそれぞれハイビスカスティーを注いでいく。

「はちみつ、要るか?」
「今日はそのままで」

彼女たちが居た時ははちみつも入れていた。その方がお茶の酸味が和らいで飲みやすくなるのだ、と半ば無理矢理勧められたからだ。
あの時、断っても良かったのにそうしなかったのは、やっぱり馬鹿真面目な顔で「美味しいから!」と説得してきた彼女の顔が面白かったからだと思う。
ルビーレッドが煌めくカップを受け取り、口に含む。はちみつを入れなかったことを少しだけ後悔した。
ちびちびとカップの中身を減らす一紀を見て、御影はふっと口元を綻ばせる。

「六月は夜ノ介も休館日に入るし、あいつも大学に慣れてくる頃だろう」
「……?」

唐突に話し始めた御影を見ると、彼は目線を窓の外に向けながら一紀と同じように口元にカップを傾けていた。
窓の外では半分ほど葉っぱに変わった桜がゆらゆらと風に踊っている。彼女たちが卒業した時にはまだ蕾も芽吹いていなかったのに。

「お前だって、その頃には新しいクラスにも慣れてるだろ?」

視線を一紀に向けた御影はどこか遠くを見ているような、それでいて何かに希望を見出すような、そんな瞳をしていた。

「立場も年齢もバラバラなんて、今に始まったことじゃないだろ、俺達」
「……!」

御影の言う通りだった。一紀達はあらゆることが違っていたけれど、沢山のことを共有できた。
それは彼女たちがこの学園を卒業したからといって変わるものでは無い。自分達の繋がりが途切れる訳ではないのだ。

「しばらくチャットの方も音沙汰なかっただろ。また予定立ててみようぜ」
「そうですね」

一紀の顔が明るくなったことに気が付いたのか、御影の表情も柔らかくなる。
その時、ブレザーに入っているスマホが震えた。ポケットから出して確認するとメッセージの通知が来ていた。同じタイミングで御影もスマホを見ている。
内容を確認して一紀は思わず御影を見上げる。彼もまた、同じように一紀を見ていた。今度こそ二人で笑い合う。

「あいつも同じこと考えてたみたいだな」
「ですね」

メッセージを送って来ていたのは大学に進学した彼女だった。四人のグループチャットに「六月に入ったらまた遊園地に遊びに行こう!」と可愛らしいスタンプ付きでコメントしている。
柊からも続いてメッセージが入る。「ぜひ行きましょう!」とニコニコの絵文字まで添えてある。

「お前も、あいつらに何か報告できることがあるといいな」
「報告?」

御影に言われて首を傾げるが、すぐに思い当たる。彼女たちの卒業式の帰り、四人で歩きながら話したことだ。自分たちは居なくなるけれど、一紀は一紀の学園生活を楽しんでほしいと、彼女と柊からお願いをされたのだ。
きっと自分は居残りだ、と少し意地悪を言ってしまったことを気にしていたのだろう。二人とも真面目で、優しいから。

「……そうですね。僕にも出来そうなこと、探してみます」
「頑張れよ。なんなら今からでも園芸部に入って活動に打ち込んでもいいんだぞ?」
「それは遠慮しておきます」

きっぱりと断ると御影はやっぱりか~とおどけて笑う。一紀が素直で真面目だったならそうしたかもしれない。
一紀は一紀に出来ることを。まだ新学期は始まったばかりだ。今から探すのだって遅くない。
次に会う時は二人に良い報告が出来るといいな、と考えながら一紀はチャットにメッセージを送る。
すぐに返ってきた彼女からの反応に顔を綻ばせ、一紀は酸味の強いハイビスカスティーを飲み干した。

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