Albero
酔った勢いで色々やらかしそうな二人

2020/1/26 脱稿



甲高い笑い声がロゼの耳につく。声がした方を見ると、これまで嫌と言うほど突き合わせてきた見知った顔があった。

「何やってんだ、あいつ」

ウルリカの対面に座っているのはマリーとソフィーだ。だが三人とも顔が真っ赤に染まっている。
ネルケが封印されていた魔物ズィーゲルを倒し、無事にグランツヴァイトの樹が実をつけ、それを振舞う大宴会が始まってから三時間。太陽はすっかり西の彼方に消え去り、闇が辺りをすっぽりと包み込む時間帯になっていた。
最初は同じテーブルに座っていつものように喧嘩をしながら実を食べていたロゼとウルリカだったが、時間が経つとウルリカは他のテーブルを回り始めた。
残されたロゼとヴェインはお互いの話をしつつ、回ってきたネルケや錬金術士たちに挨拶をしながら食事を楽しんでいた。

「すっかり出来上がっちゃってるね」

ロゼの隣で同じ方向を見ていたヴェインが眉尻を下げて笑う。彼の言う通り彼女たち三人はすっかり出来上がっている。何がそんなに面白いのか誰かが一言発する度に笑いが巻き起こる。誰がどう見たってあのテーブルだけテンションが異常だ。
宴会が始まってから時間も経っているので、そろそろ帰路に就く人も増えてきたようだ。ちらほらと人が扉から出ていくのが見える。しかし彼女たちの宴会はまだまだ続いているらしく、炭酸泡が立ち込めるグラスを傾け、飲んではまた笑う。

「見てるこっちがおかしくなりそうだ……」

頭を抱えるロゼのこともヴェインは同じように笑って見る。ヴェインも元の世界では様々なこと――主に破天荒な先輩――に巻き込まれてきたらしいが、彼にも今の彼女たちの対処の仕方は分からない様だ。
するとこちらの視線に気が付いたのか、楽しそうに笑っていたウルリカがキッと目を吊り上げて二人のテーブルに向かって歩いてくる。

「なによ、なんか文句あるの?」
「急だな。なんでもない、ちょっと喧しいなと思ってただけだ」
「普段のあんたの嫌味のほうがうるさいわよ! 失礼しちゃう!」

どう考えても今のウルリカたちのほうが騒がしいと思うが、ロゼは言い返さずに口をへの字に曲げただけでカップの水を飲んだ。

「図星なのね。ふん、いい気味」
「なんだと」

その言い方にカチンときて、思わず睨み返す。しかし彼女が怯む様子はない。

「やろうっての。いいわよ、受けて立つわよ」

意気揚々とファイトポーズを取るウルリカに対抗するようにロゼも席を立つ。しかしこの場所でいつも学園でやってるような乱闘騒ぎを起こすわけにはいかない。周りも二人の不穏な様子に気が付いて少しだけざわめき始めている。

「もーウルリカちゃんたち、物騒すぎだよー」

すると奥のテーブルからソフィーがこちらに寄って来て、二人の肩に腕を回す。その両手には半分ほど酒が注がれたジョッキを持っている。

「ソフィーさん、危ないですよ」

遠慮なしにジョッキを傾けるのでロゼは慌てて自分側のジョッキを支える。するとソフィーは嬉しそうに笑い、ロゼが底を支えているジョッキを彼の口元へと持っていく。

「落ち着いて。飲もうじゃない、ほら」
「いや、俺は……」

これは悪い大人の酔い方だな、と頭の片隅で思っていると彼女はウルリカにも同じようにジョッキを差し出していた。
するとウルリカは迷う素振りを見せずジョッキを受け取り、ぐっと傾けて一気に中身を飲み干した。

「いい飲みっぷりだねぇ、ウルリカちゃん」
「当然です、そこの嫌味男とは違いますから!」
「んだとっ」

再びカチンときてしまった。ふふん、と得意げにロゼを見ている顔も腹立たしい。そのまま勢いに任せて、ロゼもソフィーの持っていたジョッキを受け取り、ウルリカと同じように中身を一気に呷る。急にアルコールが流れたことで喉が焼けそうになったが、その感覚も腹の底に押し流す。
口の端から零れた液体を手の甲で拭い、今度はロゼがウルリカを挑戦的に見つめる。

「ロゼ君もいけるクチだねぇ」

へらっとソフィーがこれまた嬉しそうに笑い、二人から空になったジョッキを受け取る。

「お前に馬鹿にされるほど弱くないんだよ、俺は」
「言うじゃない。こうなったら、どっちが強いか勝負よ!」
「いいだろう、後悔するなよ」

結局売り言葉に買い言葉でいつもの喧嘩が始まる。ただし、今回は物騒な暴力沙汰ではなく、不穏な酒の飲み比べだった。





なんでこんなことに、と思いながらロゼは夜道を歩いていた。
背中にはへろへろと何かよく分からない言葉を喋っているウルリカを背負っている。
いつ吐かれるのかとひやひやしているが、今のところそんな気配はない。
ウルリカを運んでいるロゼも素面ではなく、結構な量の酒を摂取したので視界が少しぐらついている。しかしここで二人共倒れはしたくなかった。
煽りに乗った形で始まった飲み比べはロゼの辛勝で幕を閉じた。出てくる酒をひたすら飲み切るという一歩間違えれば危険な勝負だったが、意外にも早く決着が着いた。
ウルリカ本人が思っているよりもどうやら彼女はアルコール耐性がないらしく、試合開始から間もなく目を回し始め、審判役を買って出ていたソフィーとマリーからストップが入ったのだ。
倒れる、というよりは感情の制御が効かなくなったという感じだろうか。ひたすら笑ったり黙ったりを繰り返していたが、基本的には機嫌が良くなっているだけに見えた。しかしこれ以上は試合続行不可能ということで勝負はお開きとなった。
ロゼ自身も啖呵を切ったものの酒豪というわけではない。尚且つ短時間で一気にアルコールを摂取した経験がほとんどないため、ここで終わってくれてありがたい限りだった。
しかしお開きになったのはいいが、結局ウルリカをアトリエまで送るのはロゼの仕事になった。ぺペロンを探したが彼は彼で違う場所で盛り上がっていたらしく、いつのまにか宴会場から姿を消していた。一体何処に行ったのだろうか。
色々と不満を抱えたまま歩いているとアトリエが立ち並ぶ通りに出た。ロゼとウルリカのアトリエは向かい合っているので、先にウルリカをアトリエに放り込むことにする。

「おい、着いたぞ。鍵出せ」

背中に向かって呼びかけるものの返事は要領を得ない。ふにゃふにゃと寝言のような言葉が返ってくるだけだ。

「馬鹿女、起きろ!」

ロゼもつい語気を荒げてしまう。するとロゼの首に回されていたウルリカの腕が締まっていく。

「起きてるわよ、うるさいわね」
「分かってるなら早く開けろ!」

するとウルリカはロゼの背中から滑り降り、腰回りをパンパンと叩いて鍵を探す。一見ポケットなどは見受けられないが、どこか鍵を持ち歩けるような装備があるのだろうか。

「……どこやったのかしら」
「ああもう!」

結局ウルリカの酔った緩慢な動きでは鍵は探し出せず、ロゼが先に痺れを切らした。彼女が探していた辺りに手を伸ばし、鍵のありかを探し始める。

「ちょっと、」

くすぐったいのかウルリカが身をよじるが、その動きは非常に遅い。背中側に手を伸ばしたロゼは小さいウエストポーチを見つけ、中から鍵を取り出す。ロゼのアトリエとよく似た形の鍵を差し込み、ふわふわしているウルリカの手を引いてアトリエの中に引き込む。

「ほら、着いたぞ。あとは好きに寝ろ」

放るように鍵をアトリエのテーブルに置き、ロゼは後ろを振り返る。そしてウルリカの顔に視線が釘付けになる。

「なんだ、よ」

文句ありげな、と言えばいつも通りだが、どうも様子が違う。酒のせいか真っ赤になった頬と耳、きらきらと少しだけ浮かぶ涙が反射する瞳、濡れた唇。しかし眉はいつもよりは控えめに吊り上がっている。

「なんでも、ないわよ」

逸らされていた新緑の瞳と視線がぶつかる。言葉を紡いだ桜色の唇から聞こえたのはロゼが知っているウルリカの声色じゃない。
掴んだままの手が熱を持ち始める。一方的に彼女の手首を握っていた手の平は開かれ、一本ずつ指を確かめるように絡められる。ぎゅっと握られた相手の手も熱い。

「……なんでもなくないだろ、こんなの」

おかしい、ロゼとウルリカはこんなことをするような仲ではないはずだ。もっと、さっきみたいに売り言葉に買い言葉で喧嘩が始まって、結局いつもどちらかが勝って、負けて、そしてまた繰り返して。そんな関係のはずなのに。
思考がふわふわする、上手く頭が回らない。ガンガンと警鐘を鳴らすように頭痛がする。しかし手の平と顔の熱はどんどん上がっていく。

「ねえ」

短く呟いてウルリカはロゼと繋がっていた方の手を少し引っ張り、もう片方の手を彼の胸元へ滑らせる。

「……あんた、わたしのこと、好きなんでしょ」

二人の距離が近づく。触れられた場所がいつまでたっても熱く、冷めない。どうにかなりそうだ。
すっと伸ばした片手はウルリカの頬を滑り、顔にかかる髪の毛を赤くなった耳に掛ける。そして手を頬に添え直し、顔を近づけた。抵抗する様子はない。
一呼吸のあと唇を離し、いろんな感情が入り混じった表情のウルリカを見る。

「ああ、そうだよ」

あらゆることを考えなくてはいけないはずなのに、浮ついた気持ちがそれを許さない。何か言おうとしているウルリカの唇を勢い任せに再び塞ぐ。今度は一呼吸などで逃がすつもりはない。
ロゼの胸元に添えられたウルリカの手がぎゅっとロゼのコートを掴んで皺を作る。ロゼと握っている手は反対に力が抜けていく。首の後ろに回すように促してやると、思ったよりも素直に首に手が回った。その感覚にさえも心地よさを感じる。
首の後ろに手の平の熱さ、唇は相手と自分の唾液の温もり、酒のせいで元より熱い体温がどんどん高まっていく。
いよいよ頭の中が仕事をしなくなってきたその頃には、ウルリカの顔が茹蛸のようになっていた。ロゼの息も荒く、いつの間にか彼女を壁際まで追いやってしまっている。

「煽ってきたのは、お前だからな」

頭の片隅で微かに危険信号を送っている思考を無視し、彼は彼女の身体に手を伸ばした。


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