2020/7/7 脱稿
大宴会から二週間。異世界からやって来た錬金術士たちが元の世界へ戻る方法がそれぞれ見つかった。
ウルリカ達は探索中にこの世界に迷い込んでしまったのだが、それもどうやらグランツヴァイトの樹の影響だったらしい。実をつけるようになってからは、魔力の流れが正常になったので、来た道を戻っていけば元の世界に帰れるようだ。
疑惑の朝を迎えて、ロゼには「なかったことにする」と言ったものの、ウルリカは無意識のうちに彼を避けていた。道を挟んで向かいにアトリエがあるのに、この二週間で全く顔を合せていない。もちろんロゼがウルリカのアトリエを訪れることもなく、そのままヴェストバルド村を去る時が来てしまった。
荷物をまとめて待ち合わせをしている村の西門へ向かうと、そこには既に一緒に村にやって来た二人とヴェインが待っていた。
「お待たせ」
「遅かったね。荷物片付けるの手間取った?」
駆け足で近寄り声を掛けると、ヴェインが反応する。どうやら彼の帰路も途中まで一緒のようだ。
ヴェインの向こう側にはロゼとぺペロンが荷物を持って立っている。彼らはウルリカと同じ世界に帰るのだから、当たり前だが最後まで一緒だ。
「ちょっとだけね。滞在中に増やしすぎちゃった」
「住み心地よかったからね、この村」
「そうなの。最初の頃はわたしの故郷みたいだったんだけど……」
くるり、と後ろを振り返るとそこには大発展を遂げた村の姿があった。背の高い建物が空高く伸び、大きな道に煌びやかな商店が並ぶ様はひとつの街と呼んで差し支えないほどだ。
「ネルケさんに挨拶も済ませてあるし、行こうか」
「そうね」
促されて荷物を持ち直し、ウルリカは名残惜しそうに西門をくぐる。
グランツヴァイトの樹の問題が解決した今、きっとここに戻ってくることはもう無いだろう。思い出したくもない記憶も出来てしまったが、それを除けばかなり充実した生活だった。なにより、学園卒業後はアトリエを開設しようと考えているウルリカにとって、実際にアトリエに来る依頼をこなして生活したという経験は大きい。
錬金術士の知り合いもたくさん増えたこの土地を去るのはやはり寂しいが、彼女たちには彼女たちの、そしてウルリカたちにはウルリカたちの世界があり生活がある。同じように錬金術を続けていれば、またいつか、ここではないどこかで出会えるかもしれない。
ウルリカは後ろ髪を引かれる街に背を向け、先を行く三人を追いかけた。
◇
歩き始めてすぐ、一行は森に入った。
前をロゼとぺペロン、後ろをうりゅを頭に乗せたウルリカ、ヴェインと続く。
「ヴェインも確か学園に通ってるのよね」
「そうだね。アルレビス学園だけど、確かウルリカ達が通ってる学校も同じ名前なんだよね」
「そうなの! こんな偶然あるのね」
正しくは同じ世界で、時間軸が違うだけなのだが、二人がそれを察することはない。他の錬金術士同様、違う世界の人だと思い込んでいることが一番の要因だ。
「それにしても、こっちで結構な期間過ごしちゃったけど、元の世界に戻ったらどうなるのかしら」
こちらで過ごした期間は約半年ほど。卒業式を目前に控えていたウルリカ達だったが、戻ったら自分たちの卒業式どころか、次年度入学式までとっくに終わっている時期だ。
日々の生活に追われていたので忘れていたが、自分たちが出発した時間軸と同じところに帰れるとは限らないのではないだろうか。
「うーん、その辺りは大丈夫だと思う」
「どうして?」
自信は無さそうだがそう言い切ったヴェインに問いかけると、彼は難しそうに眉を寄せる。
「上手く言えないんだけど……直感、かなぁ」
「なあに、それ」
断言したのだからもっと明確な答えが返ってくるのかと思っていたのだが、そういうわけではないようだ。
ただヴェイン自身も難しい顔をしたまま適した言葉を探しているが、上手く出てこないらしい。直感で言ったものの、何故そう感じているのかは分からないのだろう。
「それよりも、ウルリカ」
「なに?」
ヴェインはちらり、と前方を確認した後、ウルリカの耳に口元と手の平を寄せ、小声で囁く。
「ロゼとまだ喧嘩してるの?」
聞いた瞬間、ウルリカは目玉が零れ落ちてしまうのではないだろうか、というほど目を見開く。
「な、んで、そんなこと、聞くの?」
動揺して声が裏返った。思ったよりも大きい声が出たことにも驚いてしどろもどろになる。
「大宴会の次の日から、二人の様子がおかしかったから……君たち、いつも喧嘩してたけど、こんな風なのは見たことなかったし」
ウルリカ自身は気が付いていなかったが、二人の喧嘩は意外と見られていたらしい。ヴェインはウルリカの隣のアトリエに居たので、二人が喧嘩しているのを見る頻度は他の人より多かったはずだ。
そしてそれが大宴会の次の日からぱたり、と無くなったのなら不思議に思うのも無理はない。
「喧嘩っていうか、なんていうか……」
もごもごと濁してみるが、上手い言い訳は見つかりそうにない。
まさかヴェインに「起きたら裸でベッドに寝てて、何故か嫌味男が自分のアトリエに居ました」なんて言うわけにはいかない。大体、そんな話をされてもヴェインが困るだけだ。
「大宴会の夜、結構お酒飲んでたからそれも心配ではあったんだ。もしかしてそれが原因?」
「んんんっとぉ……」
否定も肯定も出来ない。それが原因であるといえばそうなのだが、気まずくなったのは酒の飲みすぎが直接的な要因ではない。
どうにかして誤魔化す方法を考えていたがさっぱり良い答えが出てこないので、ウルリカは考えることをやめた。
「そう、ね。うん、そうだわ」
逆に全て酒のせいだと割り切ってしまえば良かったのだ。それが出来ないのは、次の日の朝、ロゼに告白をされたせいだ。まさか顔を合わせれば毎回喧嘩している相手からそんなことを言われると思いもしなかった。
ただでさえ回らない頭が思考停止してしまって、なかったことにしてしまったが、よくよく考えればとんでもないことを言われたし、とんでもないことをしてしまっている。
「僕がとやかく言うことじゃないかもしれないけど」
肯定したあと黙ってしまったウルリカを見て、ヴェインは眉尻を下げながら言う。
「いつまでもその人が居るとは限らないからね。早めに仲直りした方がいいよ」
そう言ったヴェインはどこか寂しげで、ウルリカはどきりとする。これは言わせてはいけない言葉だったのかもしれない。
返事に困ったウルリカを見てそれ以上ヴェインは何も言わず、やはり寂し気に笑って先を歩いた。
しばらく森を歩いたところでヴェインとも別れ、顔なじみの三人と一匹になった。
村から持ってきた地図を頼りにしつつ、途中で獣道に入ったり、方角を見誤ったりしたが、空が暗くなるころには見慣れた風景が見え始めた。
「これ、地底遺跡の近くじゃないか?」
ロゼが指差す方向を見ると、うっすらと辺りを照らしている薄紫色の光があった。これには見覚えがある。力が暴走してはぐれてしまったうりゅを探しに来た際に見たものだ。
光の先を目で追うと地底遺跡の入り口が目に入った。
「帰ってきたのね」
見覚えのある景色にほっと胸を撫でおろす。かなり長い間自分たちの世界から離れていたので、知っている景色がもはや懐かしい。
「あとは道なりに戻れば夜中には学園に戻れそうね」
背伸びをしながら遺跡を背に学園へと歩いていく。ただ暗くなると魔物が凶暴になるので、早く戻ることが大事であることに変わりはない。
「というか、ここならイカロスの翼使えるんじゃないの?」
元の世界に帰ってきたということは、マナの力も自分たちの魔力も今まで通り使えるということだ。
思いついたウルリカはカバンからイカロスの翼を出し、魔力を込める。思った通り、イカロスの翼は輝き始め、起動させれば学園に戻ることが出来そうだ。
「いけそうね。わたしはうりゅと飛ぶから、あんたぺペロンをお願いね」
「えっ」
頭に乗ったままうとうとしていたうりゅを抱き締め、ロゼの返事を聞く前にイカロスの翼を発動させる。青白い光と羽に包まれ、ひとつ瞬く頃には久しぶりに見る学園の正面玄関に戻ってきていた。
「さ、あいつが戻ってくる前にさっさと帰りましょ」
同じタイミングでイカロスの翼の発動させたのなら、間もなく彼らもここに戻ってくるはずだ。 目をシパシパさせているうりゅを抱え直し、ウルリカは正門から走り去っていった。
◇
ウルリカ達がヴェストバルド村に滞在していた期間は、約半年。村に居た間、あちらの世界のカレンダーを追いかけていたのでそれは間違いない。
そしてこちらの世界からヴェストバルド村に行ったのは卒業式の二日前のことだった。マナの聖域から帰って来て、採取に出掛けていたところであちらの世界に迷い込んでしまったのだ。
翌日昼過ぎに起きたウルリカはアトリエに居たクロエに「卒業式は明日だ」と言われて目を瞬かせた。
「昨日帰ってこなかったから、てっきり竜の墓場で野垂れ死んでるのかと……」
「そう思ってたなら探しに来なさいよ!」
真っ黒な表紙の本を読んでいるクロエにウルリカは噛み付く。
採取に出掛けていたのは竜の墓場だった。ウルリカ達は慣れていない採取地だったので、手が空いていたロゼを引き連れて行ったのだ。そのおかげで四人揃ってヴェストバルド村に迷い込むことになったのだが。
帰ることが出来たのはいいものの、滞在期間が長かったのでみんな卒業してしまっているのではないだろうか、と思っていた。しかしどうやらあちらとこちらでは時間軸がずれているためその心配もなかったようだ。
「その異世界に行ってたっていうのも、ウルリカの夢じゃないの?」
「失礼ね、ちゃんと現実よ! ぺペロンと嫌味男に確認してみなさいよ!」
クロエが疑いたくなる気持ちも分かるが、ウルリカ一人では異世界に行っていたという証明はしづらい。自分だけが主張するよりも他に証言者が居た方が分かってくれるだろう。
しかしクロエもそこまで問い詰める気はないようで、小さく返事した後は興味なさそうに本へ視線へと戻した。
「ねーちゃん、いるか?」
するとアトリエの扉を開けてエナが入ってきた。手には黒い布を被せた大きな何かを持っている。
「エナ、どうしたのそれ?」
「へへ、見てくれよ」
そっと床にそれを下ろすと、エナは黒い布を取り払う。布の下から出てきたのは大きなレンズの付いている、見たことのない機械だった。
「何これ?」
「カメラだよ。ねーちゃん知らねえのか?」
「かめら?」
聞いたことのない単語に首を傾げていると、エナが機械から伸びるコードの先についたボタンを押す。
すると機械の上が一瞬光り、ウルリカの顔を照らした。
「うわ、まぶし! なにすんのよ!」
唐突なまぶしさに文句を零すがエナはそれに構わず、機械下部から吐き出される紙を取ってウルリカに差し出す。
そこには驚いた顔のウルリカが写っていた。後ろには小さく本を読んでいるクロエも居る。
「えっなにこれ⁉ わたし⁉」
「写真っていうんだ。学生証作る時にも似たようなの使ってたけど、覚えてねえのか?」
「へえ……」
そういえば自分の学生証にもよく似ている似顔絵が貼ってあるなぁと思っていたが、どうやらそれも同じものらしい。明日卒業するというのに全く気が付かなかった。
「それよりこんなの、どこから持ってきたのよ」
「実は採取で余った端材を今まで集めてて、それで作れそうだったから作ってみたんだ」
「作ったの⁉」
常々エナの事は器用だなと思っていたが、まさかこんなものまで作れてしまうとは。細かい作業が苦手なウルリカは舌を巻く。
そこであることを思いつく。
「これでさ、記念写真撮ったら良さそうじゃない?」
頭をよぎったのは隣のアトリエの面々だ。マナの聖域では探索時に限らず、関門の大魔物や光のマナと戦う時も協力し合った。
この一年散々いがみ合ってきたが、最後の最後で協力し合えたからか、ウルリカにも彼らに対して少しだけ仲間意識が芽生えてきている。
「いい考えじゃん、ねーちゃんにしては」
「どういう意味よ!」
「そのままの意味だと思うよ……」
会話が聞こえていたのかクロエが本から顔を上げずに口を挟む。二対一でウルリカが不利なので、ぐっと言葉を詰まらせる。
「と、とにかく! 明日の式の前に撮りましょ。どうせなら高飛車女たちも誘って」
「そうだな、そうするか」
「わたし声かけてくる!」
そうしてウルリカはアトリエを駆け出していった。
弾丸のように飛び出て行ったウルリカを見て、エナとクロエは一緒にため息を吐いた。
「たのもー!」
大きな音を立ててアトリエのドアを開け、どかどかとやってきたのは隣のアトリエのウルリカだった。中でお茶をしていたリリアのアトリエの面々は扉から入ってきたウルリカに目を丸くする。
「あら、田舎娘じゃない。一体なんの用かしら?」
「だからその呼び方やめてって。せっかくいいお誘いしに来たのに」
ご機嫌で入ってきたウルリカだったが、リリアが声をかけると途端に眉が吊り上がる。
「貴女からのお誘い?」
「……嫌な予感しかしないな」
怪訝そうに見てくるリリアとロゼの顔が腹立たしくて、誘おうと思ったのは間違いだったかという考えがよぎるが首を振る。
いくらこの一年喧嘩をし続けてきた仲とはいえ、マナの聖域探索で、ロゼに至っては異世界でも(色々あったとはいえ)協力し合ったのだ。もう入学してすぐの頃とは違う。
「まあまあお嬢様、ロゼさん。そんな喧嘩腰にならなくても」
「そうだよーせっかくウルリカちゃんが来てくれたのに」
睨み合っていたウルリカ達の間にウィムとエトが入って仲裁をしてくれる。渋々といった様子で引き下がるが、顔には不信感が浮かんだままだ。
「で、そのお誘いっていうのはなんなんだ?」
得意の溜め息を吐いてから問いかけてきたのはロゼだった。声を掛けられた彼の方を反射的に見て、ぴたりと動きが止まる。
昨日は彼と視線を合わすことを徹底的に避けていたためチラつかなかった記憶が、はっきりと蘇ってくる。
「あ……そ、それは明日になってのお楽しみ、よ」
ぷい、と顔を逸らして問いかけたロゼではなくリリアに向かってそう言う。
「それじゃなんのことか分からないじゃない」
「それでいいの、楽しみ増えるでしょ! じゃあ明日、式の前に校庭に集合ね!」
これ以上ここに居たら余計なことを突っ込まれるし、余計な記憶がどんどん溢れ出てきてしまう。ウルリカは言うだけ言って、来た時と同じく嵐のようにアトリエを出て行った。
突然やって来て一瞬で去っていった台風にリリアたちはただ、呆然とするばかりだった。
◇
「さあ一人ずつとは言わん! 全員まとめてかかってこい!」
グンナルのその煽りを受けて始まった卒業証書争奪戦は佳境を迎えていた。
序盤から学科を問わず、生徒全員で総力戦を仕掛けたものの、グンナルとトニの猛攻が止まることはなかった。
まずは普通科の生徒から脱落していき、そこから徐々に錬金術科、戦闘技術科の体力がない生徒から削られ、最終的に戦える状態なのはウルリカとリリア、両アトリエの面々だけだった。
攻撃の手を緩めているつもりはないのだが、トニはともかく、グンナルが疲れている様子はない。今も余裕綽綽でエトの攻撃を受け流している。
ウルリカやクロエなど魔法をメインに使う者は隙を見て攻撃を仕掛けつつ、倒れた生徒の保護にも当たっていた。ある程度の所まで撤退できれば、あとはゾッカが保健室まで回収してくれる。そんな保健室もおそらくパンクしているだろうが、今はそれどころではない。
「化け物ね、ホントに」
エレメントバリアーを張るがこれも気休めにしかならない。グンナルの攻撃はバリアーをいとも簡単に貫通してくる。
加えて本人自身が神出鬼没のスキルを持っているのだ。消えた次の瞬間には背後に回られていたりするので、一息たりとも気を抜けない。
「光のマナより強いんじゃないの」
総力戦を持ち掛ければ勝ち目があるかと思ったが、その考えも甘かったようだ。 普段は言い合いばかりしているくせにこういう時だけは息がぴったりなトニも厄介だ。グンナルの死角を突いたと思ったら、トニが更にその上からカバーに入る。
それの繰り返しで、先読みに負けた生徒側が攻撃を食らってじわじわと削られる。これがパターン化していた。
遠くから魔力を飛ばして前衛で戦っているメンバーのサポートをしているが、こちらも気休めだ。二人とも器用に避けている。頭の後ろに目がついているとしか思えない。
知恵の薬湯を飲みながら、次は直接マジックハンマーを叩き込むかと考えていると、ロゼが後衛に居たユンと入れ替わって、ウルリカの隣に戻って来た。
「どうにもジリ貧だな」
ウルリカに気が付いたロゼはエクセリフュールを取り出して口にしながらそう声を掛けた。どうにも彼を見てしまうと思い出すのは異世界でのことだ。ウルリカはロゼの顔を見ずに、小さく「そうね」と返す。
昨日アトリエに行った時も、そして先程式典の前に集合写真を撮った時も、隣にいたのに全く顔を見ることが出来なかった。
しかしその反応がロゼの気に触ったらしい。空になったエクセリフュールの瓶を片しながら、彼はウルリカの肩を掴む。
「お前、この前からなんなんだよ」
ぐいっと引っ張って自分の方を向かせ、ウルリカとロゼの視線が交わる。なんだか久々に彼の顔を見たような気がする。一昨日も一緒にこの世界まで帰って来たのに。
「なんだって何よ、なんでもないわよ!」
一瞬、久々に見たロゼの顔に怯んだものの、反射的に口から出てきたのはやっぱり反論の言葉だった。無理矢理肩を引っ張られた苛立ちも相まって、語気が強くなる。
「なんでもなくないだろ! 俺のことひたすら避けてるの、分かってるからな」
「なっ……違うわよ! 誰があんたのことなんか!」
あちこちで戦闘音が鳴り響く中、それに負けない声量で二人の口喧嘩が始まる。 後衛に下がっていた仲間たちはまたか、といった目を向けている。そしてそのまま何もなかったかのようにグンナルへ立ち向かっていく。
「お前が無かったことにするって言ったんだろ!」
「言ったわよ! だから普通にしてるんじゃない!」
「全然普通じゃない、おかしいに決まってるだろ!」
「うるさいうるさい!」
全部図星を突かれて駄々をこねるように首を左右に振る。これ以上ロゼと話しても、ウルリカの気持ちの問題が片付くわけではないのだ。
「おかしいのはあんたじゃない! あんなことして!」
「そ、れについては謝っただろっ」
確かに謝罪の言葉を貰った。ただその前の行為とその後の言葉が記憶に残りすぎている。謝罪をされたってそれが消えるわけではない。
「無かったことにしたいならさっさとそうすればいいだろ」
「っそれが、出来るなら、言われなくてもやってるわよ!」
話が堂々巡りしてきたような気がするが、ここで引いてしまっては負けを認めているようなものだ。ウルリカとしても、そしてロゼとしても何故だか引けない状況になっていた。
「随分と、楽しそうに話し込んでいるな」
「っ⁉」
言い合いに夢中で二人はグンナルがどこに居るのか確認を怠っていた。顔を上げると彼は二人の目の前に悠々と立っている。奥の方ではトニが他の仲間の相手をしていた。
「どうやら貴様らは卒業証書が要らんようだな」
まずい、と思った時にはウルリカの隣からロゼが消えていた。同時に後方で衝撃音。グンナルの何らかの攻撃によって弾き飛ばされたロゼが講堂の壁に打ち付けられた音だった。
「嫌味男!」
がらがらと壁が崩れる中に声をかけるが、返事はない。一瞬だったのできっと受け身も取れなかっただろう。まさか死んだのではないだろうか、と咄嗟に体がそちらに動こうとする。
「自分の心配をしないとは、随分と悠長だな」
それが出来なかったのはグンナルに腕を掴まれたからだ。彼は片手でいとも簡単にウルリカを持ち上げる。
「貴様はトニから先に証書を貰っていたな。だがしかし、それは返却してもらうことになりそうだな、ウルリ……なんとか」
「ウルリカよ! 離して!」
この期に及んで名前を覚えていない教頭に名乗りながら、ウルリカはじたばたと足掻く。
左手が吊り上げられているので右手で魔法石に手を伸ばすが、それに気が付いたグンナルがそちらの手も抑え、魔法石を彼方へと放り投げる。
「うー!」
飛ばされた魔法石か、吊り上げられているウルリカか、どちらに対してか分からないがうりゅが抗議の声を上げる。しかしそれもこの状況を変えるようなものではない。
うりゅに気が付いたグンナルは魔法石を投げて空いた手でうりゅも掴み、自分の目線の高さまで持ち上げる。
「貴様らも同じように投げておこう、ちょこまかと魔法を飛ばされては敵わん」
遠くからぺペロン達が駆け寄ってきているのが見えたが間に合わない。
グンナルは大きく腕を振ると、ロゼを飛ばしたのと同じ方向にウルリカとうりゅを投げた。
「うりゅ!」
宙で咄嗟にうりゅに手を伸ばして腕の中に抱え込む。しかしこのままだとウルリカ自身は壁に打ち付けられてしまう。 魔法石もどこかへ行放り投げられてしまったので魔法で受け身も取れない。
「っ……!」
来るであろう衝撃に身を固くし、ぎゅっと腕の中のうりゅを抱き締める。
とす、と背中に当たったのは思っていたよりも柔らかい感触だった。
いつの間にか閉じていた目をゆっくり開けると、見覚えのある銀色の髪が目に入った。
「久しぶりだね。ウルリカ、全く変わってないや」
ウルリカを受け止めていたのはヴェインだった。黒のタートルネックを着て、右手には大きな爪のような武器を構えている。
彼はヴェストバルド村に居た頃よりも随分と大人びたように見える。悪い言い方をすれば老けていた。ちょうどグンナルと同じぐらいの年頃に見える。
「来たか、ヴェイン!」
「全く……先輩もいい歳して無茶しすぎなんですよ」
嬉々としてヴェインを見つめるグンナルと、普通に返事をしているヴェインに頭の整理が追い付かない。どうやら二人は知り合いのようだ。
「大体、あなたが学園の教頭ってどういうことですか?」
「それは俺も思うところあるぞ! グンナル!」
「ええい、やかましい! 今のボンクラ校長に頼まれて、俺様の目的にも丁度良かったから引き受けたに過ぎん!」
遠くでエナ達と戦っていたトニも戻ってきて騒がしくなる。
突然乱入してきたヴェインを生徒側で知っているのは、異世界から戻ってきた三人だけだ。他の人は戸惑い顔のまま彼等のやりとりを見ている。
「ウルリカ」
グンナルと話していたヴェインがくるり、と後ろを振り返って彼女を呼ぶ。
「ここは僕に任せて。君達は下がってて」
「で、でも」
「大丈夫。伊達に何年も先輩の悪ふざけに付き合わされてないよ」
にっと笑ったヴェインは思いのほか頼もしく、そのままグンナルの方へと駆け出して行った。