Albero
ハルジオンはもう咲かない

ウルリカエンディング後
クリスマス小説2020
2020/12/24脱稿



きらきら輝く光は、ウルリカにとって縁のないものだった。
プレゼントを抱えて走る子供、家族と手を繋いで歩いていく人、美味しい料理が並ぶ食卓、どれも知らない。

「何見てるんだ?」

声に振り返ると、白いマフラーを巻いたロゼがウルリカの事を見ていた。

「なんでもない」

答えたウルリカはまた目の前にある大きなもみの木を見上げる。ライトやオーナメントで飾り付けられたそれは、夜になると尚更存在感を増して光輝く。街灯りも反射して七色の光が木のあちこちで踊っていた。

「冷えてきたからそろそろ戻るか」
「……そうね」

手に大きな紙袋を抱えていたロゼは小さく返事をしたウルリカに手を伸ばす。きょとん、とした顔で差し出された手とロゼの顔を交互に見つめるウルリカ。数秒後、おずおずと手を握り返してきた。

「冷え切ってるな」
「ずっと、ここに居たから」

ぎゅ、と握り締めたロゼよりも小さな手の平は氷のようだった。ずっとここに居た、とはどのぐらい前からを言っているのだろうか。
繋いだロゼの手は温かいのか、ロゼよりは控えめだが先程よりは強く、ウルリカは指を絡める。
彼女が目を奪われていたもみの木を背に、二人はアトリエへと歩き始める。

「……何も聞かないのね」

何故あの場に留まっていたのか、何を見ていたのか、問い質さないロゼに対してウルリカはそう漏らした。

「聞いてほしくないんだろ」

当たり前のように瞬時に答えを返すと、ウルリカは再び口を噤んだ。


学園を卒業してから随分経った。ロゼがウルリカのアトリエにやって来てからは二度目の冬を迎える。
あの頃のように毎日喧嘩をしているが、二人が纏う空気はあの頃とは違うものになっていた。嬉しければ共に分かち合い、寂しければ共に寄り添う。どちらが言ったわけでも、頼んだわけでもない。いつの間にかそういう関係が出来上がっていた。
いつからか、言わなくても伝わることが増えた。言われなくても分かることが多くなった。それは二人がよく似ているからかもしれない。
今のやり取りも二人の関係を如実に表しているとウルリカは思う。聞かれたくないことは執拗に探りを入れないが、必要な部分で彼は必ず踏み込んでくる。
ウルリカは胸いっぱいに息を吸い込む。冷たい空気を肺に溜めて、数秒後に一気に吐き出した。


「わたしね、一年でこの日が一番苦手なの」


手を繋いだまま、遠ざかっていくもみの木に思いを馳せてウルリカは話し始める。

「家族で過ごしたり、大事な人にプレゼントを送ったり、そういう幸せそうな人たちがすごく羨ましかった」

繋がった手が一瞬だけ強く握られる。すぐに弱まった力に呼応するように、今度はウルリカが彼の手を握る。

「家族なんて、とっくの昔にいなくなってたから。わたしにはどう足掻いたって手に入らないものなの」

幼い自分を置いて、旅に出てしまった両親を恨めしく思ったことは一度や二度ではない。しかし彼らを憎んだところで全てが戻ってくるわけではない。それどころか、ウルリカはもう両親の顔を思い出すことすらできないのだ。
きっと今更戻って来たところで困惑するだけだ。どうしようもない思いを抱くぐらいなら、錆びた気持ちが時と共に削られて消滅するのを待つ方がいい。

「だから、あの木も、きらきらの光も、この日に浮かれてる人たちも、ぜんぶ苦手」

吐き出した心情は白い息と共に空気に溶けていく。ロゼは何も言わない。
あえて聞かない選択肢を取ったのに、勝手に話を始めたことに戸惑っているのだろうか。ロゼの顔を見ていないウルリカには、彼が今なにを考えているのか分からない。



「そうか」

ウルリカが話し終えてからしばらく歩いたところで、ロゼはようやく口を開いた。もうアトリエは目の前のところまで戻ってきている。街からも村からも離れており、近くには森があるので、このぐらいの時間になると辺りはとても静かだ。
だから余計に彼の声が響いて聞こえた。隣に並んでいたロゼの顔を見ると、露草色の瞳がこちらを見つめていた。
たった一言、それ以上もそれ以下の意味も持たない。人によっては無関心とも取れる一語。何を言おうか考えあぐねているのか、とも思ったがそんな気配は感じられない。
アトリエから零れる光を受けて、ロゼの空色の髪の毛が銀色に見える。

「なら、明日の朝が楽しみだな」

唐突に言われ、ウルリカは目を瞬かせる。なぜ突然明日の話になったのだろうか。
驚いて言葉を失ったウルリカを横目に、ロゼは続ける。

「このアトリエにツリーはないが、こんな奴が居るなら来てくれるだろう」
「なんの話?」

戸惑うウルリカにロゼは微笑み返す。学園を卒業する時に見た、あの優しい顔だった。毎日顔を合わせている筈なのに、なぜだか懐かしさを感じる。

「それは明日のお楽しみだ」

帰ろう、と手を引かれてウルリカは腑に落ちないままアトリエへと戻った。



翌朝、居住区からアトリエに降りてきたウルリカは作業台の上に何かが置かれているのを見つける。
昨晩はみんなで少し豪華な夕飯をとった後、作業台も綺麗に片付けて床に就いたはずだ。ウルリカが最後に何もないことを確認したので、これは彼女が居なくなった後に置かれたことになる。
作業台に近づくと、置かれていたのはラッピングされた小箱だった。赤い色の包み紙にはタータンチェックの模様が入っており、ウルリカ宛のメッセージカードが一緒に挟まっていた。

「わたしに、ってこと?」

自分宛てということなら遠慮はいらない。不審ではあるが、ウルリカは包み紙を破いていく。
さほど大きくない箱の中に収まっていたのは腕時計だった。小ぶりな文字盤に茜色の細い皮ベルトが付いている。文字盤の針と装飾が窓から差し込む光を受けてきらり、と光る。丁度昨日見たもみの木のオーナメントを思い起こさせた。

「起きたか」

声に振り向くと、アトリエの裏口から薪を持ってロゼが入って来ていた。

「ちょっとこれ」

一も二もなくウルリカは持ったままの腕時計を指し示す。大方ロゼかぺペロンが用意したのだと察しはついているが、今日はウルリカの誕生日でも何かの記念日でもない。プレゼントを貰うような理由がないのだ。
腕時計を見たロゼは、昨日の夜見せた優しい顔で笑う。懐かしさとともに、なぜだか息が詰まる。

「知ってるか? この一年、いい子にしていた奴には、魔法使いからプレゼントが貰えるんだ」
「……はあ?」

小さい子に諭すようにロゼが話すので、ウルリカは思わず阿呆のように返してしまう。
この時期、一年間いい子にしていた子供には魔法使いからプレゼントを贈られる。プレゼントは決まって各家に飾られたツリーの下に置かれる。そういうおとぎ話を子供に聞かせることはウルリカも知っている。魔法使いの正体がその子供の両親であることも。
だからプレゼントを貰えるのは家族がいる子供だけで、ウルリカには関係の無いことだと思っていた。だから、一年の中でこの日が一番苦手だと思っていたのに。

「お前のところにも来たんだな」

にっと、今度は得意げにロゼが笑う。まさか本当に無償でプレゼントを配る魔法使いが居るわけないことはウルリカにだって分かる。

「いや、でも……これは、あんたじゃないの?」

ウルリカが指摘すると、ロゼは怒るでも顔をしかめるでもなく、手を伸ばして彼女の頭を撫でた。
ふわふわと優しい手つき。詰まっていた息が溶けていくような、不思議な気持ちになる。

「そうだよ。お前に、俺から」
「どういうこと?」

このアトリエにツリーはない。もちろん子供も居なければ、家族と呼べるのか分からない関係の人しか住んでいない。

「毎日頑張るウルリカに。あとは――これからの願いも込めて」
「願い……」

一体彼はどんな思いを込めたのだろうか。視線を投げかけると、ロゼはウルリカの手のひらから腕時計を取り、彼女の左手を掴む。
細いベルトの金具を外して文字盤が手首の内側に来るように留める。ひんやりとした皮の感触とロゼの冷たい指先が手首を這って、少しだけくすぐったい。

「丁度良さそうだな」

着け終えた腕時計は茜色の皮ベルトがよく映え、手を捻る度にきらきらと文字盤が輝く。二つ合わさるとまるで朝焼けのように見えた。

「……ありがと」

思ってもみなかった贈り物に、ウルリカは素直にお礼を口にする。
ずっと欲しかったものを貰ったわけではないのに、心の奥が満たされていくような感覚だ。腕時計の収まった手首を見つめると、心がくすぐられる。

「ねえ、願いって?」

持って来た薪を暖炉に放り込み、火をつけていたロゼにウルリカは問いかける。
するとロゼは困ったような顔をして、暖炉に火をつけてから振り返る。昨晩と同じ、露草色の瞳と視線がぶつかった。

「お前が、作業に夢中になって時間を忘れないように、って」

意地悪く上げられた口角は二人にとって喧嘩の合図だ。

「なにそれ! 最近はちゃんと気を付けてるわよ!」

余計なお世話よ、と言い返したウルリカは彼に背を向け、アトリエの調合釜へと向かう。こちらにも火をくべて、いつでも調合出来るようにするためだ。


交わった視線は、何か別の事を言おうとしていたように感じられた。それをロゼが口にしなかったのは、踏み込むべきところではないと彼が判断したからだ。

(いつか、教えてくれるのかしら)

知りたいような、知らないままでもいいような。聞いてしまえば何かが変わってしまいそうな予感がする。
ただ、ロゼが言いたくないのであればそれ以上は聞かない。きっとまた時が来れば自然と話すのだろう。昨日のウルリカがそうであったように。

「さあ、今日も頑張って働きましょうか」
「納品の期限、しっかり確認しとけよ」
「分かってるわよ!」

軽口を言い合うが、どちらも本気で喧嘩に発展させようとは思っていない。活動の準備を始めながら、ウルリカの口元は緩んでいた。



苦手だったこの日は、縁のなかったきらきらの光を手に入れる日になった。
苦手だったきらきらの光は、今や自分の手に収まった。
幼い頃、足掻いても手に入らなかったものを恨めしく思うことはもうない。
ずっと抱えていたさびた気持ちが、音もなく、ウルリカから消え去っていくのを、彼女は感じていた。



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