ウルリカエンディング後
ウルリカのところに差出人不明の手紙が届く話
2021/7/27脱稿
夕方にポストを覗くと白い封筒が入っていた。取り出して見てみると、細く整った字でウルリカのアトリエの住所と名前が書いてあった。
裏返してみたが差出人の名前はない。郵便の消印は随分遠くの街からだった。
「……誰から?」
学園を卒業してからしばらく経つが、手紙のやり取りをするような友人はほとんど居ない。ゴトーが時々ペペロンとウルリカ宛に手紙を寄越すぐらいだ。クロエやエナは用事があれば直接アトリエにやって来る。
訝しみつつ封筒を開けながらアトリエの中に戻る。今日の作業はもう終わったので、あとは夕飯の支度をするだけだ。戸締りをして調合スペースに向かう。
「おかえり。どうしたんだい?」
「う?」
作業台の上でペペロンと素材の選別作業をしていたうりゅも首を傾げてウルリカを見る。
問われたウルリカは手に持っていた封筒を振って見せる。
「手紙が届いてたの。差出人の名前が書いてないんだけど」
「めずらしいね。ゴトーじゃ無さそうだし」
封を切りながらアトリエに戻ってきたが、入っていた手紙はまだ読んでいない。作業台の椅子に二人と並んで座り、中の便箋を取り出す。
ウルリカの名前とアトリエの住所を書いていた字と同じもので言葉が綴られていた。
「なになに……」
様子を見ながら作業を続ける二人の横でウルリカは便箋に目を落とす。しかし次第に表情が曇っていく。
「何が書いてあったんだい?」
「なんだろう……ちょっと読んで」
読み終えた手紙をペペロンに手渡す。長い前髪の隙間から覗く瞳が文字列を追う。そして一番下まで下がったところでウルリカと同じように顔をしかめた。
「季節の挨拶、かなあ」
「やっぱりそう見える?」
ウルリカに宛てられた手紙に綴られていたのはなんの変哲もない文章だった。ご機嫌いかがですか、体調は崩していませんか、夏が近付いてきたので暑さに気をつけて。要約するとこんな感じだ。
手書きでなければお店のダイレクトメールだと思われてもおかしくない。一体誰が何の目的でウルリカにこの手紙を書いたのだろうか。
「なんか不思議〜。心配されなくったって元気よ」
「有り余ってるもんねぇ」
「あんたはありすぎよ。まーたフラスコ壊したでしょ」
「ぎくぅ!」
隣で笑っていたペペロンの失態を指摘すると彼は大袈裟に肩を揺らす。まさかバレていないとでも思っていたのだろうか。
「あの分と、その前のビーカー壊したの、あんたの給料から引いておくから」
「そ、そんなぁ」
「嫌なら器具壊すのやめなさいよ」
無慈悲に告げるとペペロンはがっくりと肩を落とす。一緒に暮らしているので、ペペロンの給料などあってないようなものなのだが、ウルリカも全く報酬を出さない訳にいかないので一応渡してある。
「はーお腹空いた。ご飯にしましょ」
テーブル片付けて、と二人を促し、ウルリカは調合釜の隣にある薪ストーブに向かう。
夕飯の支度を始めると、差出人不明の手紙のことなど頭からすっかり抜け落ちてしまっていた。
しかしその白い封筒は一ヶ月後、再びウルリカのアトリエに届いた。
封筒には前回と同じ字でウルリカの名前とアトリエの住所だけが書いてある。
「また来てる」
今日はペペロンが採取に出掛けているためウルリカとうりゅの二人だ。ウルリカは前回と同じように封筒を開けながらアトリエに戻る。
「う?」
便箋を眺めながら顔をしかめているウルリカを気にかけるように、うりゅが顔をのぞきこんでくる。
「なんでもないわよ、大丈夫」
うりゅの頭を撫でてやると嬉しそうに顔を綻ばせる。
手紙にはまたしても、元気にしていますか、暑くなってきましたがそちらはどうですか、夏バテに気をつけて、頑張りすぎないように、といった内容が書かれていた。
「また体の心配されてるんだけど……」
赤の他人にこうも気にかけられるとは。ウルリカは至って元気で、何も心配されるようなことは無いのだが。
差出人の分からない人物に体調を案じられるのは少し気味が悪いような、不思議なような。
「んーでもなんていうか」
この手紙から嫌がらせをしているような雰囲気は感じられない。淡々と、本当にウルリカのことを心配しているだけのような。
文体にしてもそうだ。付きまといのような粘着質な文章ではなく、さっぱりと、手短に、でも相手を思いやる気持ちを忘れていない。そんな印象を受ける。
「まあ実害がないからいっか」
エスカレートするようなら対策も考えるが、今のところそんな気配はない。
考えていたらウルリカの腹の虫が鳴き出したので、夕飯の準備をするためにウルリカはキッチンへと向かった。
それからも差出人不明の手紙はウルリカの元に届き続けた。
間隔はまちまちで、長く間が空くこともあれば、一ヶ月ほどで送られてくることもある。手紙の内容は総じてウルリカの体調を心配する言葉が綴られていた。
「あ、来てる」
その日も作業終わりにポストを覗くと、もう見慣れてしまった白い封筒が入っていた。手馴れた手つきで封を切りながらアトリエに戻る。
最近では手紙が届くのを少しだけ楽しみにしている節がある。間が空くと何かあったんじゃないか、とウルリカの方が心配してしまう始末だ。
ふ、と封筒の表の消印が目に入る。今まではウルリカのアトリエから遠く離れた街のものだったが、今回は隣町のものが押されていた。
「……?」
手紙の主は引っ越したのだろうか。わざわざこんな、何もない田舎の町に。
よほど物好きなんだな、と思いながら便箋を開くといつも通り細く整った字で文字が綴られていた。
「自分のことには触れてないのね」
内容は相変わらずウルリカの心配をするもので、自身が引っ越したなどの記載は無い。
「いつもの手紙かい?」
アトリエに戻りながらいつものように手紙に目を通していると、ちょうど裏口から入ってきたペペロンと鉢合わせた。手には薪を沢山持っている。どうやら割っていてくれたらしい。
「そ。あ、聞いてよ。この人、近くに越してきたみたいよ」
「ええ? おねえさんの村に?」
「ううん、隣町っぽいんだけど」
言いながら封筒の消印をペペロンに見せる。
「ホントだ。じゃあどこかですれ違うかもしれないね」
薪を暖炉と調合釜の近くに分けて置きながらペペロンは笑う。
しかし返事がないことを不思議に思ったのか、ペペロンはウルリカを振り返る。
彼女は手紙を見つめながら小さく「そうか」と呟く。
「わたし、今ならこの人のこと、探せるじゃない」
今までは手間隙かけて行かなければならない場所だったが、隣町なら1日あれば徒歩でも行って帰って来れる。村の馬車に乗せてもらえばもっと早く着くことだって出来る。
「まさか、探しに行くのかい?」
「当然でしょ! こんなに面白いこと滅多にないじゃない!」
そもそも相手が一方的にウルリカのことを知っている、というのも正直気に入らなかったのだ。体調を案じていることから悪い人ではないと思うが、ウルリカが相手のことを知らないままというのはフェアじゃない。
「そうと決まれば明日早速出発よ!」
持っていた手紙を握り締め、ウルリカは声高々に手紙の主の捜索宣言をした。
隣町の大通りを進んでいくと大きな郵便局がある。大きな、と言ってもウルリカの村にある役場よりも一回り大きいだけだ。
ちょうど職員が配達に出るタイミングだったらしく、黒いカバンを提げた制服姿の男性が建物を出てきているところだった。
「さあ行くわよ!」
意気揚々とウルリカはうりゅとペペロンを連れて郵便局のドアを開ける。からんからん、と軽快なドアベルが鳴ってカウンター奥から声が掛かる。
「いらっしゃい。ってウルリカじゃない」
「どうも〜」
顔見知りの受付嬢はウルリカの顔を見るなり笑いかける。彼女の元に近寄り、ウルリカは早速例の手紙を取り出す。
「これについて聞きたいんだけど」
「手紙? めずらしい、ウルリカが手紙書くなんて」
「わたしじゃないわよ」
ウルリカは受付嬢に白い封筒を手渡す。受け取った手紙を見た彼女は封筒を裏返し、差出人の名前が書いてないことに気がついたのか眉をひそめる。
「自分の宛名書いてないじゃない。これじゃ宛先不明の時に差し戻せないわ」
「そうなの、この人、自分の宛名を書かないのよ」
更に眉間に皺を寄せた受付嬢にウルリカは事の経緯を話し始めた。
「なるほどね。それでこの人を探してると」
「この手紙を受け付けた時のこと、覚えてない?」
ウルリカが問いかけると、受付嬢は顎に手を当てて思い出す素振りを見せる。
「うーん……そんなに多くの郵便物を扱ってないとはいえ、一つずつ覚えてるわけじゃないからねぇ」
そう言って受付嬢は首を横に振る。
これが村の役場なら数も少なく、尚且つ限られた人としかやり取りをしないので、こんな目立つ手紙が届いた日には大騒ぎになるのだが、隣町ではそこまでではないようだ。
「越してきたと言えば……最近めずらしく若い男の人が来たのよ」
「え?」
それはめずらしい、とウルリカは受付嬢に向き直る。
ウルリカの村もこの隣町も辺鄙なところにあるので移住してくる人などほとんど居ない。時々この辺りの静かさが気に入った商人や旅人が居座るぐらいだ。
「そういやウルリカと同い年ぐらいじゃないかな。貴女より随分大人びてるけど」
「そ、その人、どこに住んでるの!?」
前のめりで受付嬢に問う。彼女は目の前に迫ったウルリカの顔をやんわり押し戻しながら続ける。
「この先の交差点を曲がった先のアパートよ。近くに骨董品店があるところ」
「あそこね!」
受付嬢から場所を聞くなりウルリカはぺペロンを引き連れて郵便局を出て行った。
ウルリカが飛び出してから数分後、一人の男が郵便局に入ってきた。
「すみません」
「はーい――って、あなた」
呼ばれた受付嬢が振り返ると、そこには先ほどまでウルリカが話題に上げていた男が立っていた。
この町では珍しい寒色の髪色と黒いコートを羽織っている姿は少し町で浮いているように思える。
「俺に何か用事でも?」
いつもの営業スマイルではなく驚いた声を上げたことを不思議に思ったらしい。カウンターに近寄りながら男は首を傾げる。
その様子に受付嬢は笑いながらカウンター越しに男を迎え入れる。
「ううん。さっきまで貴方の話してたから、びっくりしちゃって」
「俺の?」
更に不思議そうな顔をする男に受付嬢は頷き返す。
「そう。近くでアトリエを開いてる子がいるんだけど、その子が貴方に興味を持ったみたいで」
「アトリエ……錬金術士ですか?」
「そうそう、そういうのだって言ってたかな。知ってる?」
受付嬢が問いかけると、男は気まずそうに目を逸らす。そして持っていた白い封筒をカウンターの上に差し出す。
「これ、お願いします」
「郵便ね。えーっと定型だから通常料金ね」
男から封筒を受け取った受付嬢は秤に乗せて重さを量る。手元の紙に重さを書き留めて男に差し出す。
紙には封筒のサイズと料金が書かれていた。男は懐から財布を取り出し、硬貨をいくつかカウンターに置く。
「丁度ね」
「よろしくお願いします」
そうして男は踵を返して郵便局を去って行った。
受け取った封筒を見て受付嬢はおや、と思う。これは先程ウルリカから見せてもらったものにそっくりだった。
宛先はウルリカのアトリエ。裏返して差出人を確認すると何も書かれていなかった。
「ふーん、そういうこと」
受付嬢は受け付けた手紙を処理待ちの箱に放り込み、二人が遭遇するであろうそう遠くない未来を思い描いてにやりと笑った。
それまでにウルリカと手紙の主の話をするかどうするか、それだけで十分に楽しむことが出来そうだった。