Albero
ミッドナイトアスターの沈黙

ウルリカエンディング後
ウルリカのアトリエで共同生活をしているロゼの様子が変な話
2021/8/9脱稿



最近ロゼの帰りが遅い。
以前までなら遅くなっても別の作業を手伝っていただとか、思ったよりも討伐に時間が掛かっただとか、理由をきちんと説明してくれていた。こちらが聞いてもいないのに。
しかし近頃は帰ってくるなりウルリカに軽く挨拶をするだけで自室に引っ込んでしまう。

(いや、別に不満はないんだけど)

顔を合わすことが少なくなったとはいえ、日々の生活費は必ず入れてくれている。なんなら少し前よりも多くなったぐらいだ。
そしてお互い頻度は減ったとはいえ、ロゼが討伐依頼に行かない時は大体喧嘩してしまう。もう学生の頃からの習慣のようなものなので、もはや収まるとも思っていない。
喧嘩をする機会が減ったこと自体は良い事だ。アトリエの客から冷やかされることもない。
しかし、成り行きとはいえ一緒に暮らしているのに、一方的にコミュニケーションを断つのは良い事だとはお世辞にも言えないのではないだろうか。
悶々としながら夕飯のキッシュ――これは調合で作った――とスープを口に運ぶ。

「荒れてるねえ」
「なにが」

がつがつと食事をしていると目の前に座っていたぺペロンが笑う。
むっとして睨み返すが、彼が怯んだような様子はない。それが気に食わなくて、テーブルの下で足を蹴る。
脛を蹴ったつもりだったがぺペロンの筋肉の方が強かった。びりびりとウルリカの足先が痺れてしまう。

「別に! いつも通りよ!」
「そうだねえ。いつも通り、怒ってるね」
「はあ⁉」

その言い方だといつもウルリカが怒鳴り散らしているみたいではないか。

「どういう意味よ!」
「いやいや、おねえさんらしいよ」
「答えになってないじゃない!」

そんなことを聞いているのではない。ウルリカらしいかどうかなど今は問題じゃない。

「気になるなら、聞いてみればいいと思うよ」

再びスープをかき込むように食べ始めたウルリカに水を渡しながらぺペロンは零す。
その言葉で、ウルリカが誰の何に対して荒れているのか、もうぺペロンには分かっていることを理解する。

「そうしたいのは山々なのよ。だけどあいつったら帰ってくるなり部屋に引っ込んじゃうのよ」

隠すようなことでもないので思い切って話す。少しだけ喉につっかえていた気持ちが解けた気がする。

「おねえさんが呼び止めたら、おにいさんもさすがに立ち止まるんじゃないかな」
「ええー……?」

にわかに信じられない。その場で嫌味を言われて喧嘩に発展する未来しか見えなかった。

「それか、逃げられる前に捕まえちゃえばいいじゃないかな」
「……なるほど、その手があったわね」

力ずくはウルリカの十八番だ。これこそロゼとウルリカの間で一番行われているコミュニケーションと言っても過言ではないだろう。

「じゃあぺペロンも手伝ってよ」
「おいらは明日からゴトーの所に行く予定だからなぁ」
「なっ⁉ そんなこと一言も言ってなかったじゃない!」

とぼけたような顔で言ってのけるので反論するとぺペロンは口角を上げたまま口を噤む。
いつの間にこんなしれっとした態度をとるようになったのか。全部分かっている、と言いたげな表情が非常に憎たらしい。

「事前連絡は必須でしょ! 罰として今月の給料から引いとくから!」
「そ、それはあんまりじゃないかい……?」
「うるさい! そう思うならちゃん言うこと聞きなさい!」

給金を盾にしてみたが効果は薄いようだ。元々ウルリカがぺペロンに渡しているお金は無くなって困るような金額ではない。それを分かって傍に居てくれているのも知っている。
これ以上何を言ってもぺペロンは頷いてくれそうになかったので、ウルリカはもう一度彼の脛を蹴ってこの話を終わらせることにした。





翌日、ぺペロンは朝から元気に荷物をまとめて、ゴトーの所に行くと言って出て行った。
ゴトーは現在刑期中だ。アトリエからゴトーの刑務所までは少し距離があるので帰ってくるのは早くても明後日だろう。
そして予定ではロゼが今日戻ってくる。あくまで予定では、だが。
最近の動向を考えるともしかしたら一日二日はずれ込むかもしれない。しかし今回は増えてしまったブラウニーの討伐だと言っていたので、彼がそこまで苦戦すると思えない。
とにかく、ウルリカはロゼを引っ掴まえて、最近帰りが遅い理由を問い詰めなくてはいけない。

(……アトリエが嫌になったなら、さっさと言えばいいのに)

成り行きで、アトリエに誘ってしまった。ウルリカ自身もまだこの生活に四苦八苦しているというのに。
何の気なしにウルリカが伸ばした手を、ロゼは間髪入れずに握り返してきた。果たしてそれが正解だったのか、ウルリカには分からない。
ここに居ればロゼはウルリカと喧嘩ばかりしてしまう。誰がどう考えても居心地は良くないだろう。

「う、うりゅいか、だいじょぶ?」

ぐるぐると頭の中の思考も、釜の中の薬もかき混ぜていたら作業を手伝っていたうりゅがウルリカの顔を覗き込む。どうやらウルリカの心の変化に気が付いてしまったらしい。

「大丈夫よ。ごめんね、心配かけちゃった」
「う! うりゅりか、げんき、うれしい」

素直な言葉と笑顔を向けられると、自然とウルリカの顔もつられて弛む。うりゅにはこういう力があるから敵わない。

「ありがとね。わたしもうりゅが元気だと嬉しい!」

ぎゅっと抱き締めると苦しそうにしているが嬉しそうな声が上がる。
放してやるとうりゅはウルリカの頭の上に乗っかる。ウルリカも再び釜の中をかき混ぜ、調合を再開した。



アトリエを開設してから、一日があっという間に終わるようになってしまった。
調合をして、接客をして、納品があればその対応もして、バタバタしているといつの間にか星が出ていたりする。今日も例に漏れなかった。
夕飯を食べて、寝支度をして、明日の準備をするためにアトリエに降りてきた時。看板を内側に掛けた扉がゆっくりと開いて、ロゼが入ってきた。

「……おかえり」

丁度扉の目の前にウルリカが立っていたのでロゼも驚いたようだ。目を丸くしてこちらを見ている。
別に待ち伏せをしていたわけではないのだが、状況的にそう捉えられてもおかしくない。

「ただいま……」

ゆっくりとドアベルが鳴らないようにロゼは後ろ手に扉を閉め、いつもの黒いコートを脱ぐ。
目の前に立っていたウルリカに視線も向けず、そのまま二階への階段を上がろうとする。

「ちょっと、待ちなさい!」

手に持っていたコートを引っ掴むと、驚いた顔のロゼが振り返る。
久々に顔をまともに見た気がする。最近は帰ってくるなり、今日のような態度ですぐに自室へ引き上げてしまっていたから。

「今日も遅かったわね。何してたの?」
「……討伐が、長引いて」
「嘘ばっかり。あんたがブラウニーごときに手こずるわけないじゃない」

学生時代、事あるごとにいつも戦って、ロゼの実力を目の当たりにしてきたのは誰だと思っているのか。
二人でルゥリッヒに挑んだ際は死にかけたが、ルゥリッヒが強すぎただけの話なので例外だ。
今はあの頃よりも近くでロゼのことを見ている。彼がどれほど剣技に磨きをかけてきているかなど、誰よりも知っているのだ。

「ここに戻ってきたくない理由でもあるわけ?」
「――っ違う!」

帰りが遅くなる、ということは帰る場所に戻りづらいということだ。そんなにアトリエは――ウルリカの隣は居心地が悪いのだろうか。
そう考えての発言だったが、ロゼは弾かれるようにウルリカの言葉を遮った。

「じゃあ、なんで」
「それは……」

更に問い詰めるとロゼは再び口を閉ざす。
言えないようなことなのか。一緒に暮らし始めて、もちろん喧嘩もしてしまうが、ウルリカはそれなりに上手くやれていると、あの頃よりも仲良くなれていると思っていたのに。
ふ、と掴んだままだったロゼのコートが目に入る。腕の部分がぱっくりと大胆に引き裂かれていた。
よく見るとこのコートはあちこちボロボロでほつれていた。まさか今日の討伐でこんな風になってしまったのだろうか。

「ねえ、これ――」

ウルリカがコートの破れを指摘しようとすると、それに気が付いたのかロゼがウルリカの手からコートをひったくる。
一瞬の出来事に唖然としてしまったが、それはすぐに闘志へと変わった。


ロゼは、ウルリカに、何かを隠している。


「見せなさいっ!」

ばっと腕を伸ばしてコートを掴み返す。だがロゼの方が力が強い。引っ張ったコートは徐々にロゼへ引き戻されていく。
しかしウルリカは引かない。それどころかそのまま引っ張られる勢いでロゼをコートごと壁に押し付ける。

「っ!」

ロゼが声にならない呻きを漏らして顔を歪ませる。そんなに強くしたつもりはないのだが。

「あんた、わたしに何隠してんのよっ!」
「っなんだって、いいだろ……っ」
「良いわけないでしょ!」

同居人に言えない秘密が出来たなんて、気になって仕方がない。しかもそれはウルリカへの態度として表れている。実害が出ているのだ、断じて良いわけない。
ぐっと掴み上げたロゼのシャツの襟元がはだける。そこにちらりと見えたのは、赤く滲んだ包帯。

「……?」

掴まれた襟が苦しいのか、辛そうに息をするロゼを気にすることなく、ウルリカは彼のシャツを剥ぐ。
現れたのは体中に巻き付けられた包帯だった。至る所に血が赤く滲んでいる。

「っあんた、これ」

包帯から視線を上げてロゼの顔を見ると、彼は今まで見たことも無いような目でウルリカの事を見下ろしていた。思わずシャツを掴む手が緩む。

「お前には、関係ないだろ」

怯んだ瞬間を見逃さなかったロゼはウルリカの手を振り払い、剥がれたシャツを元に戻す。
しかしシャツを着直す仕草がやたら緩慢だ。時々咳き込んでいる。
その姿にウルリカの中で何かがぷつり、と切れた。

「関係ないわけ、ないでしょっ!!」

ウルリカの怒号と、ぱしん、と乾いた音がアトリエに響いた。
叩かれた左頬を押さえ、茫然とロゼはウルリカの顔を見てくる。何をされたのか分かってなさそうなその表情に更に腹が立つ。

「無関係なわけないでしょ、一緒に暮らしてんのよ⁉ なんでこんな酷い怪我してんの
よ!」

立ち尽くしたままのロゼの手を引き、ウルリカはアトリエの椅子に座らせる。
戸棚の中にある薬を探したが今日納品したので最後だったらしい。ひとつも残っていなかった。

「ああ、もう!」

こうなればウルリカが治療するしかない。魔法石は二階の自室だが、そこはうりゅが眠っている。起こしたくない。
座らせたロゼを再び立ち上がらせ、ウルリカは彼の手を引いて階段を上る。向かう先はロゼの部屋だ。
断りも入れず扉を開けて、有無を言わさずベッドに座らせる。

「そこで待ってなさい! 鍵かけたら容赦しないわよ!」

部屋を飛び出し、気配を消して自室に入り、すぐに魔法石を掴む。そのまま来た時と同じように自室を出て、廊下の角にあるロゼの部屋に駆け込む。
ロゼが逃げようとした素振りはなく、傷ついたような、悲しいような、そんな表情でベッドに座り込んでいた。

「ほら、傷口見せなさい」

まだ怒りは収まっていないが、なるべく努めて優しい声で、ウルリカはロゼに呼び掛けた。



ロゼの傷を治療し終える頃には、ウルリカの魔力はすっからかんになってしまった。
それほどにロゼの傷は深かった。どこからどう見ても昨日今日で傷つけられたものではない。

「で、話す気になった?」

シャツに手を通すロゼにウルリカは隣から問いかける。
治療中、ロゼは一言も発しなかった。まるでそれが正解だ、とでもいうような態度にウルリカは脳みその血管がもう二つほど切れそうだったがぐっと堪えた。
ウルリカの問いかけにロゼは口を開いたが、言葉にならず、また閉ざしてしまう。

「……わたしのアトリエ、嫌になった?」

先程は違う、とロゼは否定したが反射的に口から出ただけなのではないだろうか。そんな考
えがよぎって、少し弱気になる。
だからこそこんなにもロゼの口が重いのではないのか。適当な寝床が無くなってしまうのが不都合なんじゃないだろうか。
しかしロゼはやっぱり首を横に振る。膝の上に置いた彼の手が固く握られる。

「違うんだ……ここは――お前の隣は、本当に、居心地が良くて」

やっと口を開いた。どうやらアトリエが嫌になったわけではないらしい。そのことにウルリカは一人ほっと胸を撫で下ろす。

「だから、俺がここに居る理由がないと……」
「理由?」

思ってもみなかった単語の登場に首を傾げると、ロゼはウルリカの方を見ないまま続ける。

「お前の助けにならないと、意味がないだろ」
「……うん?」

意味とは。助けとは。果たしてウルリカはロゼにそんなことを頼んだだろうか。
そこで気が付く。以前よりも多くなった生活費の金額。あれはまさか。

「あんたもしかして、お金を稼ぐために?」

ロゼの言いたいことを読み取ると、彼は控えめに首を縦に振った。
恐らくロゼは、金銭面でウルリカを助けようとしてくれたのだろう。
まだアトリエの収入は安定しているとは言い難い。多い時もあれば、少ない時もある。要は波が大きいのだ。
ただ少ない時は節約をすればいいし、多い時は貯蓄に回せるようにすればいい。アトリエ創設時の借金が毎月滞りなく返済さえ出来ていればいいのだ。今までだってそうしてきたし、それでなんとかやりくりしてきたのだ。
しかしロゼの考えは違うのだろう。アトリエの毎月の売り上げは出てみないと赤か黒かも分からない。
それならば倒せば倒した分だけ報酬が出る討伐依頼の方が儲けは出る。対象の魔物が強ければ強いほど、その額は大きくなる。
そして今のロゼにはそれが出来る。出来てしまっていたのだ。

「お前が頑張ってるのに、俺だけ甘い汁吸ってるわけにいかないだろ……」

成り行きで、一緒に生活を始めてしまっただけだと、ウルリカは思っていた。
たまたま再会した先でロゼが住む場所を探していると言っていて、ならば討伐依頼も受けやすい酒場が近くにあるからアトリエに来ればいい、と。
まさか差し伸ばした手を素直に受け取ると思わなかったし、手を取ったロゼ自身も少し驚いたような顔をしていた気がする。
ロゼはロゼなりに、その手を握った先をしっかりと考えてくれていたらしい。

「そうね。あんたの気持ちは分かった」

だが、それは正しいやり方ではない。

「アトリエの収入に波があるのはわたしも分かってる。だからそこを補填しようとしてくれ
たことも嬉しい。でも、それはあんたが無茶をしてまでやることじゃないのよ」

ましてや、こんな大怪我をしてまで。
一体どのくらい危険な討伐依頼を受けてきたのだろうか。死ななかったのは奇跡なのかもしれない。

「わたしはわたしのことをする。だからあんたも……」

今度はウルリカがぎゅっと拳を作る番だった。力を込めていないと声が震えそうになる。

「自分を大事にして、ロゼ」

怒っていた気持ちはどこかへ消えてしまった。代わりにやってきたのは底知れない闇だった。
死んでいたかもしれない、という考えがよぎって一気に手が冷たくなる。
今日出て行ったロゼが明日も元気に帰ってくる保証などどこにもないのだ。危険な魔物の討伐へ行くと知っていたとしたら止めたかもしれないし、知らなかったとしたら何故気が付けなかったのか、後悔するかもしれない。
成り行きで始まった生活のはずなのに、相手を思いやるほどに情が湧いてしまっている。それはきっと、ロゼも同じだろう。

「……悪かった、もうしない」

しばらくして、ロゼは一言、短く告げる。
俯いていたウルリカが顔を上げると、見慣れた表情でこちらを見つめてくるロゼと視線が合った。
ようやくいつも通りだと、ウルリカは確信して頬を緩める。

「生活費は、もちろん払ってもらうけどね」

おどけて笑いながら言うと、つられてロゼの顔も綻ぶ。当たり前だ、と言い返してきた声に安心して、ウルリカは小さく頷いた。


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