Albero
遅咲き双葉は初春を知る

本編軸 時系列不明
うたた寝する話
お題ガチャより
2020/4/30脱稿



授業中もうたた寝をしてしまうような、暖かい日。アトリエに向かう為に学園の渡り廊下を歩いていると、中庭の木陰に見覚えのある水色を見つけた。
似たような髪色の学生は居るが、彼の空色頭はよく目に留まる。今日の空も、丁度彼と同じような色をしている。
アトリエへ向かっていた足をそちらに向け、そろりそろりと近づいてみる。顔がはっきりしてくると、彼は目を瞑っているのが分かった。傍まで寄ってもその瞳が開かれることはない。

「……めずらしいわね」

こんなに天気が良ければ外で心地よい風に吹かれながら、昼寝のひとつでもしたくなる気持ちは分かる。なんなら大いに同意できる。
しかし、そんな心地よい眠りから目覚めた時、ウルリカが隣に居たら彼はどんな顔をするのだろうか。そんな悪戯心がむくむくと湧き上がり、ウルリカは彼の隣に腰を下ろした。


彼の眠った顔は初めて見るかもしれない。当たり前だ、今まで顔を合わせれば喧嘩ばかりだったのだから。
木陰で静かに寝息を立てている彼の顔に自分の顔を近付けてみる。すると悪戯心ではない、違った気持ちが顔を出して、心の中を満たしていく。

「なんなのかしらね、これ」

ぽつりと呟いた言葉に、聞き慣れた嫌味が返ってくることも、目が合うと吸い込まれそうになる群青色の瞳が開かれることもない。
なんとなくではあるが、気持ちの正体に心当たりはある。しかしそれはいつも喧嘩をしているような相手に抱く感情ではない。もっと甘く、美しいものである、とウルリカは考えている。だからこそ自分の不可思議な思いの答えが知りたかった。

いつも対面で嫌な顔ばかり突き合わせているので、隣に座って近づいてみれば何か分かるかと思ったがさっぱりだ。それどころかいつもの嫌味が返ってこないことがなんだか物足りなく感じてしまっているのだから、いよいよおかしいのかもしれない。
さわさわと緩やかな風に互いの髪の毛がかすかに踊る。揺れる毛先を捕まえるように彼の長い前髪に触れてみた。腹が立つほど指どおりの良い髪は、木漏れ日に当たって時々白く輝く。なんだか月の光みたいだ、とらしくない考えが浮かぶ。
目にかかりそうな前髪を顔の端に寄せると、いつもと違う彼の顔が、いつもよりもよく見えた。

「……何やってるんだ」
「へっ」

ぼんやりと水色の前髪を指に絡めていたら、目の前から声が聞こえた。慌てて顔に視線を戻すと、彼はゆっくり瞼を持ち上げているところだった。群青色の瞳と視線が交わる。

「えっと、」

咄嗟に言い訳は出てこない。交わった視線は少しだけ戸惑いを含んでいるようで、その群青が揺れた気がした。

「俺に何か用か」

しかしそれも一瞬で、すぐにいつもの不機嫌顔に戻る。見慣れた表情に安心するような、残念なような複雑な気持ちになる。

「別に! アトリエに行こうと思ってただけよ」
「……ならわざわざ中庭に出てくる必要はないだろ」

正論を返されてぐっと言葉が詰まる。うたた寝していた彼の顔を見ようと、わざわざ中庭に入ったなどと言えばどう思われるだろうか。きっとその眉根を更に深くして、不快感を示すだろう。そんなこと言われなくても分かる。

「そんなのわたしの勝手でしょ!」
「俺の髪を勝手に触るのも、お前の勝手なのか」

どきり、と心臓が跳ねる。確かに不躾に顔を眺めたり髪に触れたりしたが、それは彼が眠っていると思っていたからだ。

「おき、てたの」
「誰かに触られたら、そりゃ目も覚める」

どうやら彼が目覚めたのは前髪に触れた瞬間らしい。隣に座って、顔を近づけたことはどうやら気づかれていないようだ。

「何か用事があるから起こしたかったのかと思ったが、その様子だと違うみたいだな」

最初こそ、彼が起きた瞬間、会う度に喧嘩ばかりしている相手が隣に居たらどんな顔をするだろうか、と考えていた。しかしその顔を眺めているうちに、違う感情が湧いてきてしまった。
当然用事があったわけではない。知りたい感情の答えを探していたという意味では、用事がないわけではないのだが。

「……第一、お前が俺に用がある訳ないな」

そう呟いてお決まりの溜め息を吐くと、これ以上話すことはないと言わんばかりに彼は踵を返す。
引き留めようと思ったが言葉が出てこない。呼び止めてどうするのか。自分のこの不可解な感情の答えを問うのか。
顔が熱くなる。それが出来ないのはきっと、この感情がなんなのかを分かっているからだ。

「っあんたなんて! なんとも思ってないわよ!」

去っていく背中に言葉を投げ付けるが、まるで答えになっていない。それに反応して振り返ることもなく、彼の背中は見えなくなってしまった。







隣に誰かが座った気配も感じる。眠りの深層と浅瀬の境目に居たので、夢を見ているのだと思っていた。
ふっと顔に近づいてくる気配。呟かれる独り言。聞き覚えのあるこの声の主は、どうやら会う度にロゼと喧嘩をしてしまう彼女のようだ。嫌っているはずなのに、苦手なはずなのに夢にまで出てくるとは。一体どういうことなのだろうか。
ウトウトと意識が微睡む中で、誰かが髪の毛に触れる感触。そっと気遣うような優しい手つき。
目を閉じたまま意識が浮上してくる。夢の中で隣に座っていた彼女は、こんな風に触れないだろう。一体誰が自分の髪に触れているのか。

「……何やってるんだ」
「へっ」

起き抜けに声を掛けると間抜けな声が返ってきた。ゆっくりと瞼を持ち上げると、丁度今居る、木陰の葉っぱと同じような色の瞳と目が合う。
そこに居たのはやはり、いつも自分と喧嘩ばかりしている彼女だった。隣に居たのも、髪の毛に触れていたのも夢ではなかったのか。

「えっと、」

咄嗟の言い訳は出てこないようで、自分の前髪を触っていたらしい手が右往左往している。

「俺に何か用か」

木陰でうたた寝している嫌いな相手の傍に来て、髪の毛に触れていたのだ。大方何か企んでいたのだろうが、本当に用事があった可能性も否定できない。一応問いかけてみる。
すると彼女は意表を突かれた間抜け顔から、見慣れた怒り顔に戻る。

「別に! アトリエに行こうと思ってただけよ」

ふん、と顔を背けてそう言うが、それでは彼女がここにいる理由の説明にはならない。

「……ならわざわざ中庭に出てくる必要はないだろ」

思ったことを返すとぐっと顔を歪ませる。どうやら隣に来た明確な理由は言えないらしい。

「そんなのわたしの勝手でしょ!」
「俺の髪を勝手に触るのも、お前の勝手なのか」

夢か現か、自分では判断がつかないが、起きた時目の前に居たのは彼女だ。喧嘩ばかりしている相手の傍にわざわざ座り、触れるなんて普段ならあり得ない。
しかし触れられた感触が確かにあった。それが本当に彼女なのかどうか、確かめたい。

「おき、てたの」
「誰かに触られたら、そりゃ目も覚める」

気まずそうに視線を逸らすので、どうやら夢ではないらしい。意図して隣に座り、自分の髪の毛に触れたということか。

「何か用事があるから起こしたかったのかと思ったが、その様子だと違うみたいだな」

顔を合わせるだけで毎回喧嘩になる相手に触れるなんて、よっぽどのことだと思っていたが、返答を聞くにそうではないらしい。

「……第一、お前が俺に用がある訳ないな」

一瞬でも自分に何かあるのか、と思ったのが阿呆らしい。喧嘩しなくていいのならそれに越したことはないのに、何故こうも上手くいかないのだろうか。
ひとつ、溜め息を零して立ち上がり、彼女に背を向けて歩き始める。こんなところでうたた寝なんかしている自分が悪いのだ。これ以上彼女を問い詰める気はない。

「っあんたなんて! なんとも思ってないわよ!」

投げ付けられた言葉は思ったよりも響いて、耳の奥にこだましていた。

木陰でうたた寝なんて自分らしくもない。これではまるで彼女のようだ。しかし暖かな日差しと遠くから聞こえる学生の喧騒、頬を撫でる柔らかい風が心地よかったのは本当のことだ。まさかそのまま眠ってしまうとは思っていなかったが。

アトリエに向かおうと思ったが、彼女と会ったのがさっきの今なので、鉢合わせしてしまうかもしれない。今日は行くのをやめよう、と決める。
背中に投げられた言葉の意味を問いたくて、思わず振り返りそうになってしまった。自分に用があるわけない、という言葉への返事ならあまりにもおかしい。一体今日の彼女はどうしてしまったのだろうか。

(いや、あいつがおかしいのはいつものことか)

なんだかんだと難癖をつけてきて、喧嘩が始まる。律儀に対応している自分も自分なのだが、彼女から吹っ掛けられる喧嘩は毎回買って出てしまう。

そんな相手なのに、今日はなんだというのか。最終的に言い合いになって、自分が逃げる形で終わったが、何故用も無いのに自分の隣に座り、触れたのか。なぜ、なぜ、という答えが出ない疑問がぐるぐると回り、止まらなくなる。
考えを振り払うように頭を左右に動かすと、彼女が顔の端に寄せた前髪が目元へと戻ってきた。優しく、小さい子をあやすように、丁寧に触れてきた指先。それがひどく、心地良く思えたのは、自分が夢現のなかでそれを感じていたからだろうか。

あのまま自分が目を覚まさなければ、彼女はずっと隣に居たのだろうか。
そんな馬鹿みたいな考えが過り、どうにも今日は自分も、彼女も、調子が狂っているらしい、と頭を抱えた。


お題ガチャからでした↓
ロゼとウルリカのお題。
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‬ ‪#お題ガチャ #神父のガチャ
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