2022/1/23脱稿
「ウルリカさんのことが、好きです」
顔を真っ赤にした相手が告げてきた言葉を理解するのにしばし時間がかかった。
「え、っと……わたし?」
我に返って返事をすると相手は控えめに頷く。どうやら聞き間違いではないらしい。
ウルリカは今、人生で初めての告白というやつを経験している。
相手は学園祭の騒動でウルリカ達と一緒に戦ってくれた戦闘技術科の男子生徒だ。顔は分かるが名前は覚えていない。
相手の表情と発言から判断する限り、誰かと間違っているわけでもなさそうだ。
そうであれば返事をするのはウルリカの役目だろう。ウルリカはすっと息を吸って言葉を続けた。
***
「なぁにがそんなにいいのかしらねぇ」
浮つく生徒を眺めながらウルリカはため息を零す。
卒業試験も終わった今日。もうすぐ学園生活に幕を閉じるからか、学園内は浮ついた空気に包まれていた。
学園祭前を思い出す雰囲気だ。だがあの時と決定的に違うのは誰も戦おうなどとしていないことだ。
「さっきの話……?」
「そうよ。なんだってわたしなんだろう」
残り少ない授業に出るため、二人は今教室に居る。が、あちらこちらでソワソワとした雰囲気の生徒が目に入る。
先程、人生初の告白をされたウルリカは戻ってるなりすぐにクロエとその話をした。クロエは驚いたような顔を一瞬だけ見せたが、すぐに元の無表情に戻ってしまった。話を膨らませるほど告白相手について知らなかったのだろう。
「ウルリカを好きなんて、よっぽどの物好きか変態…」
「そこまで言う!? まあ、相手のことほとんど覚えてなかったんだけど」
恋愛事にことごとく縁のない人生を歩んできたので、今回の出来事はウルリカにとって青天の霹靂だった。
まさか自分が、と言う考えが真っ先に思い浮かんだ。次に、なんで自分に?という疑問。
ウルリカと親しい仲ならば好意を抱かれるのも分かるが、相手はほとんど話したことがないような生徒だった。ウルリカのどこを好きになったのか教えて欲しいぐらいだ。
「卒業前だからってそんなになっちゃうものなのかしらね」
「ここを卒業したら、会えなくなる人も多いからじゃない…? 私と、ウルリカみたいに」
「ちょっとどういう意味よ!?」
聞き逃せない一言に噛みつくとクロエは鬱陶しそうに顔を歪める。卒業後は故郷へ一緒に戻るのだから会えなくなるなんてことはないはずだ。彼女が意図的にウルリカを避けない限り。
「村に帰ったらアトリエ開設の手伝いもしてもらうんだからね」
「なんで私が……」
ウルリカの中ではもう決まっていることだが、クロエにとってはいい迷惑らしい。そんなこと、知ったことではないのだが。
「でもあんたの言う通り、卒業しちゃったら会えなくなる子もたくさんいるのよね」
教室を見回しながら共に一年間過ごしてきた仲間たちの顔を眺める。
浮つく生徒と同じように誰かと恋仲になろうなどとは思わないが、見知った顔に今後ほとんど会えなくなるというのは少し寂しいものを感じる。
「色々あったけど、振り返ってみれば結構楽しかったのよね」
「私は錬金術なんて学びたくなかったのに……」
「この期に及んでまだそれ言うの?」
クロエお得意の『おまじない』が錬金術と合わせることで劇的な発展を遂げていることをウルリカは身をもって知っている。口ではこう言っているが、クロエもそれなりに学園生活を楽しんでいたのだろう。
「まあ…リリアさんっていう強力な人脈が出来たのは、良かったかな……」
「そういえばクロエ、高飛車女と一緒に何かやってたわね」
冬に入る辺りからクロエは度々リリアのところに赴き、何かを手伝っていたようだ。
興味はあったが、リリアが絡むことなのでウルリカの出番はないだろうと深く踏み込まないようにしていた。
「あれはあれで面白かったな…。ウルリカも体験してみる?」
「え゛っ」
言いながらクロエが取り出したのは真っ白な粉が入った手の平サイズの小瓶。ウルリカの直感が「あれを貰ってはいけない」と告げている。
反射的に駆け出そうとしたが寸でのところで手を掴まれる。慌てて振り払う前に白い粉を振りかけられてしまった。
「あああっ!!」
悲痛な叫びを上げるウルリカに教室の生徒が一斉に彼女を見るがお構いなしだ。そんなことよりもクロエの呪いを食らってしまったことの方が大変だ。
粉を振りかけて満足したのかクロエはウルリカの手を離し、小瓶を再び懐に戻す。
「そんな嫌がらなくても……それ、なりたい自分になれるおまじないなのに……」
「わたしは今のままで十分よ!」
それ以上にもそれ以下にもなるつもりはない。
「そう……さっき、告白してくる相手の気持ちが分からないって言ってたから、丁度いいかと思ったんだけど……」
「丁度いいってどういうこと!?」
取り戻した手の平を払ってみるが、振りまかれたであろう白いキラキラがしつこく残っている。
経験上、このおまじないの粉を取り除いたところで効果が切れるわけじゃないことも分かっているが、せめてもの足掻きだ。
「卒業前に、ワンチャン、あるっしょー……って」
「だからどういう意味よぉ!?」
怒りのままに叫んだ言葉は、錬金術科の教室を超えて、校舎の中に広くこだました。
***
アトリエ棟に向かうウルリカの足取りはまるで魔物のようだった。
どすどすどすとすれ違った人全員が振り返るような、そんな足音を響かせながら彼女はうりゅを頭に乗せて渡り廊下を突き進む。
「未だに効果が分からないなんて……」
ウルリカが腹を立てている原因はもちろんクロエの呪いだ。
あれから普通に授業を受けて放課後を迎えたが、今までの様になにかおかしな状態になったりはしていない。至って平和だ。だからこそ逆に怖い。
これからとんでもないことが待っているんじゃないだろうかと嫌でも身構えてしまう。
「クロエはなりたい自分になれるって言ってたわよね」
人間誰しもこうありたいという願望はあるものだが、今のウルリカは今が一番好きだ。
念願だったマナの卵が孵ってうりゅが生まれて、色々あったけどそのうりゅも少し喋れるようになって、学園生活万々歳といったところだ。他の面倒ごと――主にクロエの呪いに巻き込まれなければ。
やっぱり目に入る浮ついた生徒を横目に、ウルリカはアトリエ棟に入る。
「……今のわたしに満足してるけど、言われてみればああやってる人の気持ちって分かんないのよね」
今日ウルリカに告白をしてきた男子生徒もそうだ。今後会えなくなると分かっていて何故気持ちを伝えたりするのだろうか。
いや会えなくなるからこそ、ということは分かるのだが、その先に待っているのは確実な決別だ。
卒業後に同じ場所で暮らし、生活をすると約束するのなら分かるが、学園内に溢れている空気はどうにもそれとは違うように感じる。
「不思議ではあるのよね。うりゅ、分かったりする?」
「う?」
何も考えずにうりゅに問いかけてみたが、うりゅは首を傾げるだけだった。その姿も愛おしいので万事オッケーだ。
多少マシになった足音でアトリエ前までやってくると、丁度隣のアトリエの扉が開いた。
「わっ! びっくりした」
慌てて止まり扉の向こうを伺うと、そこには驚いた顔のロゼが立っていた。
「なんだ嫌味男」
「お前か」
お互い誰が出てきたのか分からなかったので身構えてしまっていたが、馴染みの喧嘩相手だと分かると二人してため息を吐く。
「扉開けるなら誰もいないか確認してから開けなさいよね」
「どこもかしこもドアを開け放ってるような馬鹿女には言われたくないな」
「なんですってぇ!?」
まるでウルリカがガサツだと言っているような。それは聞き捨てならない。
「わたしだってちゃんと扉ぐらい閉めるわよ! その辺の動物と一緒にしないでよね!」
「隣のアトリエに住み着いてる野良猫の方がまだ賢そうだけどな」
「はあ!?」
鼻で笑われて思わず目を引ん剝く。猫の方がウルリカよりも頭がいいとロゼは思っているのか。非常に心外だ。
「いくらなんでも猫よりはいいでしょ!? 今日だって戦闘技術科の子に告白されたし!」
思わず起きたての出来事を口に出してしまった。見ると、ロゼは扉を開けた時と同じ驚いた顔をしている。
普段見ない彼の顔にできたことでウルリカの中に優越感が生まれる。
「わたしのこと好きだって。名前が分からないから断っちゃったけど」
「……お前を好きだなんて、物好きも居たもんだな」
まさかロゼにもクロエと同じことを言われるとは。生まれた優越感が地に落ちる。
「さっきから心外なんだけど! あんたにそんなこと言われる筋合いないわよ!」
「それもそうだな。俺は別に、お前の事、どうとも思ってないからな」
「その言い方もなんか腹立つわね」
ロゼがウルリカの恋愛事情に対して口を出す立場に居ないことはもっともだが、これだけ喧嘩をしてきて何とも思われていないというのもまた複雑な心境だ。
授業参観の時や先日の騒動の時には不本意ながら手を取り合って戦った仲である。なんでもない、というのはちょっと違うのではないだろうか。
「まあ、あんたみたいに顔も名前もわたしの中で一致してる奴ならまた話は変わってくるけど」
口に出してから、ウルリカ自身も「ん?」と首を傾げた。
今、ウルリカはなんと言った?
「お前、それは……」
ロゼを見ても戸惑った表情のままだ。それはそうだ、誰よりウルリカが一番混乱している。
「あんた、わたしと付き合ってみない?」
零れ落ちた爆弾に、ウルリカ自身が悲鳴を上げることになった。