Albero
いつだって別れられる

2022/1/23脱稿



勢いよく開かれた扉にアトリエに居た人の視線が一気に集まった。
しかしそんなことに構っている暇はない。ウルリカはロゼの手を引っ張ってクロエの前に向かう。

「ちょっとどういうことよ!?」
「……下手な言いがかりはやめてほしい……」

怒鳴りつけるウルリカをものともせず、クロエは本から顔を上げない。

「言いがかりじゃないでしょ、元凶そのものじゃない!」

数分前、ウルリカはロゼに告白をした。
ウルリカ自身、そんなことロゼに言うつもりは全くなかったし、恋愛感情を彼に対して一ミリも抱いていない。
それなのに何故あんな言葉が口から出てきたのか。考えられる原因は直前に受けたクロエの呪いだけだ。
彼女は「なりたい自分になれるおまじない」だと言っていたが、こんなのがウルリカのなりたい姿だというのか。そ
んなもの堪ったものではない。

「おまじない、無事に発動したみたい……?」
「無事でもなんでもないわよ! こんなの事故よ!」

駄々をこねるように言い張ってみるが、クロエは嬉しそうな顔のままだ。何がそんなに楽しいのだろうか。

「そもそも、この嫌味男の反応はなんなの!? 気持ち悪いんだけど!?」
「酷いな、ウルリカ」
「キャ――――!!」

背筋がぞわぞわする。そんな優しい顔と声でウルリカの名前を呼ばないで欲しい。
そう、ロゼの様子がおかしいのだ。ウルリカが意図していない告白をすると彼は見たことないような顔で笑い、潔く頷いたのだ。
先程までの嫌味はどこへ行ったのか。猫以下だとウルリカのことを小馬鹿にしていたロゼが恋しいくらいだ。

「なりたい自分になれる、って言ったでしょ…? おまじないの効果だと思うけど」
「こんなの鳥肌ものよ! 大体なんで嫌味男なのよ!」

よりによって何故自分といがみ合ってる相手に呪いがかかってしまったのだろうか。
いつものように喧嘩できるならまだしも、こんな風に物腰が柔らかいとウルリカも戸惑う。どうしていいのか分からない。

「私は妖精さんたちと何かあったら面白いなぁと思ってたんだけど……」
「おいらかい!?」
「勘弁してくれよ……」

同じアトリエの中で作業をしていたぺペロンとエナが各々声を上げる。
ちなみにゴトーはいつものデートで不在にしている。居たところで、彼に呪いがかかってしまうというのも考えたくない事象なのだが。

「おねえさんのことは大好きだけど、黒いおねえさんの呪いにかかるのはゴメンだなぁ」
「そういうことは今聞いてないのよ」

照れながら告げるぺペロンをばっさりと切り、ウルリカは様子のおかしいロゼを一瞥する。
目が合ったことに気が付いたのかにこり、と口角を上げる。リリアに見せるような表情を向けられていることに寒気がした。

「なりたい自分になれるっていうのは本当だよ…。さっきウルリカは卒業前の雰囲気に呑まれて告白する人の気持ち
が分からないって言ってたから、それが叶った感じ……?」
「願ってもないし叶ってほしくもないわよ、こんなこと!」

どうやら教室で呪いを受ける直前に話していた内容が反映されているらしい。
だからと言ってウルリカ自身が思ってもいない告白をすることになるだなんて。

「それでこいつの様子が変になるのもおかしいでしょ?」
「……ちょっと効きすぎちゃったかも?」

そうしてクロエはてへ、と可愛らし気にとぼけてみせるがそんなもので誤魔化されてたまるものか。

「ちょっとどころじゃないわよ! それで、これ、どうやったら解けるの?」

詰め寄るとクロエは渋々といった様子で本のページをめくる。

「えーっと……専用のお薬が必要みたい。黄昏の木の実、神秘のかけら、太古の隕鉄が材料として必要だって」
「ええ!? 聞いたことない素材あるんだけど!?」

神秘のかけらはアトリエのコンテナを漁ればどこかにありそうだが、他の二つは聞き覚えのない素材だ。今までの探索で手に入れていないとなると、ウルリカが知らない採取地で手に入るものなのかもしれない。
そうなると片っ端から聞き込みをして採取地を回る羽目になる。これはかなり面倒だ。

「相変わらず手の込んだ呪いを使うんだから……!」
「呪いじゃなくておまじない……」

こんな時までご丁寧に訂正を入れてくるのだからウルリカも怒りを通り越して呆れてしまう。
とにかくここで揉めていても仕方ない。さっさと素材を集めてクロエに呪いを解いてもらうのが一番いいだろう。

「もう! ちょっと採取行ってくる!」

機械のメンテナンスをしていたエナにうりゅを押し付け、今しがた入ってきたばかりのドアを開けてウルリカはアトリエを出て行った。


***


アトリエ棟の廊下に戻ると後ろからロゼもついてきていた。

「なによ、あんたも行くの?」
「当たり前だろ。お前ひとり、危険なところに行かせるわけにいかない」

なんとキザな台詞を吐くのだろうか。鳥肌が立った二の腕を擦る。

「うへえ……それ、言う相手間違ってるわよ……」
「間違ってない。お前と俺、付き合ってるんだろ?」
「それは呪いよ、勘違いよ。あんた、呪いが解けた時、頭抱えることになるからあんまり喋らない方がいいわよ」

経験則で忠告すると、ロゼは不思議そうに首を傾げる。この状態の彼に何を言っても無駄だろう。

「とにかく、クロエが言っていた素材を集めないと。あんた、素材が採れる場所、知ってる?」

ダメ元で聞いてみるとロゼは小さく首を縦に振った。そしてウルリカの手を取って歩き始める。

「ちょ、ちょっと!?」
「黄昏の木の実は千年樹海で見かけたことがある。一緒に行くぞ」

驚くウルリカを気にすることなくロゼは彼女の手を引いたまま正門へと向かって行く。恐らくこのまま探索に出るつもりなのだろう。
しかし周りの生徒の視線が痛い。ロゼに手を引かれて歩いているウルリカの姿は、浮ついている生徒と大差ない。

「分かった! 分かったから手を離せーー!!」

熱くなる頬の熱を誤魔化すようにウルリカはロゼに怒鳴った。


***


ロゼの話だと、古びた石切り場の先に千年樹海はあるらしい。
鉱石が欲しい場合はよく石切り場を訪れていたが、その先は地底遺跡の方面にしか行ったことがなかった。どうやら分岐する道の先らしい。

「で、あんたはいつまでわたしの手を握ってんの?」

学園から続いている平坦な道をウルリカはロゼに手を引かれながら歩いていく。
ここに来るまでに何度も振り払ったのだが、傷ついた顔を向けてくるので渋々といった形だ。一年ほど顔を突き合わせてきただけあって、ロゼに対して多少の情が湧いているらしい。

「デートみたいなものだろ?」
「ばっ――……かじゃないの!?」

けろっとした顔で普段のロゼからは絶対に聞けないであろう言葉が飛び出す。
その度に驚いたり、げんなりしたりしてしまっているのでそろそろウルリカも疲れてきている。

「いい? 何度でも言うけど、あんたは今、クロエの呪いの効果でそうなってるだけなの。あんまり変なこと言わない方がいいわよ」
「お前が好きだってことも、呪いのせいだって言うのか?」
「当たり前でしょ!? そういうの全部禁止!」

誰が誰を好きだというのだろうか。夢にも思わないことを言わないで欲しい。
クロエも厄介な呪いをかけてくれたものだ。これではまともに会話するのも一苦労だ。

「それで、千年樹海ってとこはあとどのくらいなの?」

とにかく話を変えていくしかない。少し先を歩くロゼに問いかけると彼は繋いでいない方の手で道の先を指さす。

「さっき分かれ道を曲がったからもうすぐだ。頂上の大きな樹は見えてるな」
「どれ?」

ウルリカがロゼの指先と視線を合わせるように身を寄せると、繋いだ手が離れて肩が引き寄せられた。
ぐっと近くなる距離。状況を理解する前にロゼが少し屈んでウルリカの顔と並ぶ。

「あれ。見えるか?」
「み、見える……」

ロゼが言っているのは鬱蒼と生い茂った木々から飛びぬけている大木のことだろう。
思わず普通に返事をしてしまったが今言葉にするのはそうじゃない。

「変なことするなって言ってんのよ!!」

肩に置かれた手を引き剥がし、ロゼの身体を力いっぱい押して距離を取る。
柄にもなく顔が熱い。何故この男のせいでこんな気持ちにならなければいけないのか。ウルリカの中に羞恥と同じ量の苛立ちが芽生えてくる。

「あんたは呪いでわたしと付き合ってるって思い込んでるだけ! 本当は好きでもなんでもないし、呪いが解けたら全部無かったことになるの! いい加減分かりなさいよ」
「付き合うってお前から言われたのに?」
「だからあれも呪いのせいだってば!」

思い出すと顔から火が出そうになる。なんだってこんな男に。
今だっていつものように不機嫌そうな顔をすれば清々するのに、ロゼが浮かべているのは不安そうな表情だ。普段の大人ぶっている態度が抜け切っていて調子が狂う。

「とにかく! 早く採取地に行くわよ!」

呪いが解ければこんな面倒からも解放される。
素材の採取は少々面倒だが、呪いを解く一番の近道であることに変わりない。
進むべき方向は分かった。ウルリカは何か言いたげな表情のロゼに背を向け、再び歩き始めた。


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