2022/1/23脱稿
「共同戦線?」
「そうだ」
翌日、ウルリカとリリアの両アトリエの面々は教頭室の広いテーブルを囲んでいた。
先程教頭に呼び出され、部屋に入ってすぐ謎の扉からマナの聖域とやらへ突き落とされた。とりあえず進んでみようとしたが、聖域には強力な魔物が跋扈しており、そのまま進むのは危険だと判断して戻って来たのだ。
「嫌よ、なんで高飛車女たちと一緒に戦わないといけないの」
ウルリカは首を振って自分の意見を主張する。
戻って来て早々共同戦線を張るべきだ、と提案してきたのはユンだった。
彼は聖域の魔物が強力であること、このまま進めば光のマナに辿り着く前に大怪我を負うかもしれないことを淡々と説明していたが、ウルリカには反発の感情しか湧き上がってこない。
「それはこちらの台詞よ。田舎娘となぜわたくしが……」
リリアもそれは同じようで、扇子でウルリカの事を指しながら追い払うような仕草を取る。いつ見てもそんな態度なのだ。ウルリカだって彼女と協力するなんて頼まれても御免だった。
「しかし、ここでお嬢様を危険に晒すわけには……」
リリアのメイドであるウィムが説得しているが、リリアはしかめっ面のままだ。
「貴方もロゼも居るから大丈夫でしょう。わざわざ田舎娘と協力なんてしなくても」
「それは、そうですけど……」
強い口調で言われたらウィムもなかなか反論しづらいようだ。彼女自身もリリアに怪我をさせるつもりはないが、状況次第でそれが覆ってしまうことを恐れているのだろう。
助けを求めるようにウィムはロゼに視線を向ける。それに気が付いたロゼはすぐに口を開く。
「あなたに怪我をさせない保証はないと言っているんです。協力しておいて損はないでしょう」
「ロゼまで!」
「それに」
言葉を切ったロゼはちらり、とウルリカに視線を向ける。
「ウルリカを、一人にするのも心配なので」
空気が凍った気がした。実際にどうだったのかは分からないが、少なくともウルリカにはそう感じられた。
「何言ってんのよあんたは!?」
慌ててロゼの口を塞ぐが、驚いた顔のまま一同は二人を見ている。正確には事情を知っているクロエ達以外は、だが。
「どういうことかしら……?」
ゆらり、と動いたリリアは見たことないほどの殺気を放っていた。
***
「もうちょっと言い方ってもんがあったでしょ……」
マナの聖域を並んで歩きながら、ウルリカはロゼに向かって溜息を吐いた。
あの後、リリアに鬼のように詰め寄られウルリカは事の経緯を細かに説明する羽目になった。
ロゼがあんな風になったのはウルリカのせいではないのに、何故責められなくてはいけないのか。クロエが楽しそうにしているだけだったことにも腹が立つ。
「本音を言っただけだ」
「あんたの主人でしょ。もうちょっと気を使いなさいよ」
あまり悪びれている様子のないロゼの態度に、ウルリカは眩暈がしそうになる。
昨日はあの後、梯子から落ちるようなこともなく二人は黄昏の木の実を手に入れて学園へと戻って来た。
木の実が夜にしか採れないのは誤算だったが、幸いすぐに見つかり、そこからイカロスの翼を使って早々に切り上げた。
学園の入り口に戻ってからウルリカはロゼから逃げるように寮へと走ったので、その後ロゼがどうしたのかは知らない。恐らく彼も寮の自室に戻ったのだろう。
解呪に必要な素材は太古の隕鉄だけになった。ただ、これに関してはロゼもウルリカも入手方法が分かっていない。
どこかの採取地で手に入るのだろうが、手元に無いのでもちろん図鑑にも記載がない。
「高飛車女ってあんたのこと好きなんでしょ? 傷つけるようなこと言わない方がいいわよ」
「それとこれとは別問題だ」
「そうかなぁ……」
ロゼがこんな風にウルリカのことを気にかけるのはクロエのお呪いの効果だと説明すると、リリアは引きつった顔になっていた。どうやら身に覚えがあるらしい。
それ以上は深く問い詰めてこなかったので、納得はしていないが、理解はしたというところだろう。
「それにしても太古の隕鉄かあ」
今は魔物が居ないエリアを一行は歩いている。
時々打ち捨てられた廃墟のような建造物があるため、何か使えそうな物がないか覗きながら探索を続ける。実際、古びたレシピが落ちていたり採取地ではあまり見かけない魔物の素材が落ちていたりするので細かく見て行って損はない。
「探索で行ける場所の採掘場は全部回ったことあると思うんだけど」
「……それは竜の墓場もか?」
「どこそれ?」
隣で廃墟の壁に蔓延る蔦を取り除きながら問いかけてきたロゼの方をウルリカは振り返る。
聞いたことのない場所の名前だった。墓場、といえば学園のゴミ捨て場が思い浮かんだが、多分あそこではない。
「永久凍峰に向かう道の途中にあるんだ。死んでいった竜の骨が積み上がって、空中回廊みたいになってる」
「え、そんなところあったの?」
永久凍峰は参観日の後に探索許可が出た場所なので知っている。雪山に向かうまでにそんな場所があったなんて知らなかった。
「そこには採掘場があるの?」
「確か……」
「なんでもっと早く言わないのよ!?」
その場所なら昨日、千年樹海を探索した後、来た道を戻って行けば寄れた場所だ。
採取を終えてからだと夜を迎えていたが、黄昏の木の実が採れる採取地のすぐそばに防御効果のある魔法陣があったので夜を明かすことは問題なく出来たはずだ。
「悪い、正直あまり覚えてなくて」
「どういうこと?」
取り払った蔦の先には何もなかったのか、ロゼは手を払いながら戻ってくる。
「竜の墓場に行ったのは、ルゥリッヒを追いかけていた時なんだ」
「ルゥリッヒって、あの……」
ウルリカの記憶にも新しい、長い銀髪を携えた男、ルゥリッヒ。
彼はうりゅを斬ったあと、ロゼとウルリカの事も殺そうとしてきた。ぺペロンが来てくれなかったら今頃二人はここにいない。
「まさか、あんたあいつと戦ったの?」
「俺一人じゃないけどな」
ウルリカがうりゅを追いかけて、卒業課題を済ましている間にそんなことがあっただなんて全く知らなかった。
「よく生きてるわね……」
ルゥリッヒの恐ろしさはウルリカも身をもって知っている。あんなに強い人間と戦ったのは初めてだ。
ウルリカもそれなりに強いと自分の事を思っていたが、あれは次元が違う。本当に同じ人間だったのか疑わしいぐらいだ。
ロゼ側にも事情があってルゥリッヒと決着をつけたのだろうが、まさかまた戦っていたとは。ウルリカが驚きのあまり言葉を無くしているとロゼは少し口角を上げる。
「なんだ、心配してくれてるのか?」
「だ、誰が!?」
少し油断すればこれだ。誰がこんな男の心配をすると思っているのだろうか。
「てか、あんたの話が本当ならこんなところ探索してる場合じゃないわよ! その竜の墓場とやらに行かなくちゃ!」
ロゼはあまり覚えていないと言っていたが、本当に採掘場があるのなら太古の隕鉄は恐らくそこで採れる。これだけ探しても見つからないのだから間違いない。
早速踵を返そうとしていたウルリカだが、ロゼに手を引かれて転びそうになる。
「何すんのよ!」
「行ったところで本当にあるかどうか分からないだろ」
「あるわよ! わたしがそう言ってんだから間違いないでしょ!」
「どんな暴論だよ……」
掴まれた手を振りほどこうとしてみるがロゼの力が強い。こんなところで時間を食っている場合ではないのに。
「大体、戻るにしても一人じゃ危険だ。先に他の奴らに声を掛けて――」
「そんなことしてたら日が暮れちゃうじゃない!」
ウルリカは一刻も早くクロエの呪いを解きたいのだ。解いて、こんな男に絡まれるのを終わりにしたい。ただそれだけだ。
なのにこの男は何故止めるのか。呪いの効果でウルリカに惚れ込んでいるのが原因なのか。
「離して!」
思い切り手を振ると、油断していたのかロゼの手が離れる。その隙にウルリカは来た道を走って戻って行く。
「おい馬鹿女!」
後ろからロゼの声が聞こえたがお構いなしだ。そんなのでウルリカが止まる訳が無かった。
「どうした?」
ロゼがウルリカを呼ぶ声が聞こえたのか、ユンがこちらにやって来た。手には何やら薄汚れた木箱を持っている。
「いやあいつ、一人で戻って行ったんだ」
「なぜ?」
「竜の墓場に太古の隕鉄を探しに行くって……」
「太古の隕鉄? それなら」
ユンは手に持っていた木箱を開き、中をロゼに見せてくる。
そこには鈍く赤紫に光る鉱石――太古の隕鉄が入っていた。
「なんでっ」
「廃墟の探索をしていたら偶然見つけてな。これを素材に使う錬金術書もあったから後でお前たちに渡そうと思っていた」
ユンは言いながら木箱をロゼに手渡し、徐々に魔力を開放している。髪の毛が伸びて、ロゼの周りが少し温かくなる。
「何してるんだ?」
「ウルリカを迎えに行くのだろう? 俺が行った方が早い」
どうやらマナの力を使ってさっさとウルリカを連れ戻してくるようだ。
ユンの行動は理に適っている。ロゼが行くよりも危険が少なく、彼の力があればウルリカを抱えてこちらまで戻ってこられるだろう。
しかしこのままユンに任せてもいいのか、何を言えばいいのか、言葉を探していると、ユンはロゼを見て意地悪そうに笑う。
「なんだ、俺がウルリカを迎えに行くことが不満か?」
「そういうことじゃないが……」
ユンは間違ってない。ロゼが行くよりもウルリカは大人しくこちらに戻ってくる。それは確実だ。
ロゼ自身もそう考えているのに。何故こうも自分の気持ちに納得がいかないのか。
答えあぐねているとユンは更に不敵に笑って続ける。
「お前がどこまで戻っているか知らないが、やるならもっと上手くやるんだな」
「!」
弾かれるように顔を上げたロゼの横を、したり顔のユンが走り去っていく。そのまま廃墟の壁を飛び越えて、姿は見えなくなってしまった。
***
常に霧がかったようなマナの聖域はどこを歩いていても同じような景色が続く。
加えて朽ちかけた細い道を上ったり下りたり、道順がかなり複雑だ。
「あれ、ここさっきも……」
段差を降りたところの広い空間はウルリカが先程も歩いたところだった。どうやら辺りを一周して戻って来てしまったらしい。
地図を広げながら進んでいるが、なにせ先が見渡しづらく、目印も似たようなものばかりだ。
加えて転移魔法陣を使う場所もあるので、どこからどこの道に繋がっているのか、正直ウルリカは完全に把握できていない。
てっきり来た道を戻れば学園まで戻れると思っていたのだが、その考えは甘かったようだ。
ウルリカは俗に言う迷子になっている。
「ど、どうしよ」
ロゼと探索をしていた廃墟よりは学園に戻っていることは確かだが、ここからどう進めばいいのか分からない。
地図を詳しく読むような繊細さをウルリカは持ち合わせていない。こうなったら感覚で学園への道を辿るしかない。
「う?」
慌てているウルリカを不思議に思ったのか、腕に抱えているうりゅが不安そうに彼女を見上げてくる。
「だ……大丈夫よ、うりゅ。なんとかなるって」
焦りを気取られてはいけない。うりゅに向かって気丈に笑いかけてウルリカは先程とは違う道へ進む。
すると目の前に黒い影が現れ、ゆっくりと近づいてくる。
影の正体はリッチだった。ずるずるとボロボロの布切れを引き摺ってこちらに歩いてきている。
「やばっ」
アトリエの仲間がいるなら大したことないが、ウルリカは今一人だ。恐らく戦っても問題なく退けられると思うが、騒ぎを起こして他の魔物が出てきてしまったらもう手に負えない。
瞬時に背を向けて走り出す。が、リッチの方が早かった。
朽ちた布がまとわりつき、骨が剥き出しなった手を伸ばし、ウルリカの腕を掴む。
抗えない力でリッチの下へ引き戻されていく。掴まれた腕には不吉な魔力が集まっている。これはまずい。
「くっ!」
素早く魔法石を取り出しストラップを振り回す。勢いのついた魔法石はウルリカの腕を掴むリッチの手に当たり離れていった。
なんとか回避できた、と安堵したのも束の間、掴まれていた腕から黒い靄が立ち上がっている。
「呪い、貰っちゃったか」
腕から抜け出してウルリカの周りを飛んでいたうりゅが再び腕の中に戻ってくる。早いところ聖域から抜け出すか、仲間の元に戻るか、判断しなければならない。
魔物がかけてくる呪いの効果は回復不能だ。クロエのものと違って効果が分かっている分、対処はしやすいが今は受けるべきではなかった。キュアポッドも手元にないので怪我をすれば手当てをしても無駄になる。
「ええい、こうなったら強行突破よ!」
幸い、ウルリカが繰り出す攻撃は死者属性を持つ魔物によく効く。魔法石を振り回して魔力を飛ばす。
そもそも何か考えながら戦うのは性に合わないのだ。勝てる試合ならさっさと決着をつけるまでだ。
再び伸びてきたリッチの手を交わし、魔法石を振るう。飛ばしている魔力は全弾ヒットしているように見えるが、リッチが怯む様子はない。
「んんん、じれったい!」
キャノンボールかマジックハンマーを発動させればもっと早く片が付きそうだが、一人ではその余裕がない。魔力を飛ばして牽制しながらダメージを重ねていくのが今のところ精一杯だ。
不安そうにウルリカにしがみつくうりゅのことも気がかりだ。あまり戦闘が長引くのはウルリカの状況からしても好ましくない。
そしてそれはリッチにも伝わっていたようだ。ウルリカの魔力弾が止んだ隙を狙い、魔法陣を展開させる。
空中からおどろおどろしい黒い塊がウルリカの頭上に振ってくる。
「うそ!?」
こんな瞬時に魔法を展開させられると思っていなかった。このままでは直撃してしまう。
エレメントバリアーやスピリットバリアを張る余裕なんてない。衝撃を覚悟してウルリカはうりゅを抱え込み、体を硬くする。
頭上に迫る魔法の圧力を耐えるように屈みこんだ時、ウルリカの体がふわりと浮いた。
戸惑っているうちにそのまま移動させられる。気が付いたら目の前に直撃するはずだったリッチの魔法が落ちていた。
「ど、どういうこと……?」
茫然としていると足が地に着く感触。驚いて足元を見ると膝裏に誰かの手がある。
慌ててその手の先を辿る。と、そこには呆れた顔でウルリカを見るユンの顔があった。
「ユンっ」
「何をやっているんだ」
地面を踏みしめて立ち上がると、ウルリカを支えていたらしいユンの手が腰から離れていく。
問いかけに答えるためにウルリカが口を開こうとすると、落ちた魔法の奥からリッチがボロ布を引き摺ってきているのが見えた。
気が付いたウルリカが魔法石を構え直すよりも早く、ユンが手を一振りする。火の塊がリッチ目掛けて飛んでいき、ボロ布に纏わりついて炎が上がる。
体が燃え上がったリッチは奇声を上げながら聖域の霧の中へと溶け込んでしまった。
「助かったわ、ありがと」
「造作ない……が、何故お前は単独行動をしているんだ?」
「竜の墓場に行くのよ。呪いを解く素材がそこで採れるって分かったの」
聖域で迷子になりかけ、リッチに遭遇したことで忘れかけていたが、ウルリカの最優先事項はクロエの厄介な呪いを解くことだ。もちろん、光のマナをとっちめることも大事ではあるのだが。
「太古の隕鉄だったな。それならもう手に入ったぞ」
「えっ! どこで!?」
思いもよらなかったユンの答えにウルリカは目を丸くする。
「聖域の廃墟に調合レシピと一緒に隠してあった。呪いを解くための必要数は分からないが、恐らく足りるだろう」
「ほんとに!? やったぁ!」
それをクロエに渡して、解呪用の薬を作ってもらえばこんな状態からやっと解放される。聖域の探索にも集中できるという訳だ。
「しかし、いいのか?」
うりゅの手を取ってくるくると回りながら喜ぶウルリカに、ユンは笑いかける。
「なにが?」
「呪いが解けるということは、ロゼとお前の関係が元に戻るということだろう」
ユンの言葉にウルリカは頷く。今更ユンは何を言っているのだろうか。
大体今の二人の状態の方が異常なのだ。ロゼとウルリカは本来、こんなに近くにいるような関係ではない。
「ロゼが、ウルリカを見なくなったとしても、不満はないか?」
「そんなの――」
当たり前じゃない、と続けようとした言葉が詰まった。
思い浮かんだのは昨日、千年樹海で梯子から落下した時のことだ。ウルリカを庇って地面に打ち付けられたロゼは、手当てをしてやるとひどく優しい顔でウルリカに微笑んできた。いつもの見慣れたしかめっ面じゃなくて、まるで特別な相手にしか見せないような表情。
それがちらついてユンの問いかけに肯定する言葉が出てこない。頭ではあんな男と恋人だなんて、と否定し続けているのに。
何も言わないウルリカを見て、ユンは小さく溜め息を漏らして口を開く。
「ひとつ、俺から言わせてもらえば」
「?」
「先程、俺が助けに入った時、お前は誰が来たと思った?」
問いかけにウルリカは目を瞬かせる。
誰かに抱えられている、と分かった時、ウルリカは慌てて相手の顔を確認した。よく考えれば手の色や装飾品で誰が来たかなんてすぐに分かるはずなのに。
あの瞬間、ウルリカは何を期待していたというのだろうか。
がっと顔が熱くなっていく。抱えていたうりゅを顔に引き寄せて、ユンからの視線から逃れる。
「よく考えるんだな。太古の隕鉄はロゼに渡してある。解呪はお前たちのタイミングですればいい」
探索や戦闘に支障が出ないならそれでいい、とユンは続けてウルリカに近寄り、腰を抱えて持ち上げる。
「ちょ、ちょっと!?」
「戻るぞ。落ちるなよ」
戸惑うウルリカを余所に、ユンは彼女を小脇に抱えて地面を思い切り蹴って宙を跳んだ。