Albero
EX 須らくそれが愛であるように

両ストーリークリア後
エクストラ編 その後の話・ロゼ視点
2022/2/28 脱稿



「あんた、わたしと付き合ってみない?」


告げられた直後に上げた悲鳴をどこか遠くに聞きながら、ロゼは脳みそがぐらつくのを感じていた。
そして思考は反転する。目の前の女――ウルリカが好きなのだと。


***



「これ、渡しておく」

ロゼはユンから受けとった木箱をクロエに差し出した。

「なに……?」

訝しげなクロエの反応はごもっともだ。ロゼから彼女に何かを手渡すことなんてそうそう無い。

「太古の隕鉄だ。必要なんだろ?」
「私は別に要らないけど……」

ウルリカが聞いたら激怒しそうなセリフだ。正直ロゼも解呪の必要性を疑っている。
それはロゼが呪いにかかっているからなのかは分からない。この二日は思考がおかしいから。

「俺が持ってても仕方ないだろ。ウルリカ――馬鹿女は要るって言うだろうし」

ただ、彼女が困っているのであれば協力するのが筋だろう。それがロゼとの今の関係を終わりにしたいと言っているのだとしても。

「まあそうか……でもロゼくんはそれでいいの?」
「……いいから渡してるんだ」

ずい、と木箱を更に差し出すとクロエは渋々といった様子で受け取ってくれた。
薬を作るかどうかは彼女次第だが、恐らくウルリカに詰め寄られて作ることになるだろう。

「個人的には、面白い様子の二人が見られて楽しかったんだけどな」

残念そうな顔をしているが、本当にそう思っているのかも怪しい。どう反応していいのか分からずロゼは溜息を返した。



目覚めた時、妙にすっきりとしていた。
いつもと同じ朝のはずなのに理由が分からない。だが昨日までのことを思い出してロゼはゆっくり頭を抱える。

「あんな女に散々忠告されたのにな……」

どうやらロゼにかかっていたクロエの呪いは解けたらしい。すっきりしているのはそのせいか。
記憶が全部残っているのは幸か不幸か。一体どんな顔をして今日ウルリカに会えばいいのだろうか。


教員室に入ってきたウルリカは、いつも通りの何食わぬ顔をしていた。
意識していたのは自分だけだったのか。そんな思考に至り、思わず溜息が零れた。

「人の顔見て溜め息吐かないでくれる?」

目ざとくロゼの態度に気が付いたウルリカが突っかかってくる。この一年繰り返した光景だ。

「相変わらず能天気そうな顔してんな、って思っただけだ」
「誰が能天気ですって!?」

ウルリカ相手にはこんな言葉もすっと出てくる。予想通りの反応が得られて少しほっとする。
彼女はここ二日のことを無かったことにしたようだ。今の態度からして、呪いのせいだと割り切れているのだろう。
掴みかかろうとしてくるウルリカはぺペロンに止められていたので、そのまま彼に任すことにする。
振り返るとリリアが説明を求めている顔でロゼの事を見ていた。彼女の隣まで下がって声をかける。

「お騒がせしました。もう大丈夫です」
「驚いたわ……まあ、あんな田舎娘とロゼじゃ、釣り合わないわよね」

釣り合わない。なんと的確な表現だろうか。言葉が続けられなかった。
リリアの好意には気が付いている。だからこそウルリカを下げるようなことも言ってしまうのだろう。
妙に胸の奥がざわざわする。リリアの指摘は、恐らく間違っていないのに。

「ロゼ?」

何も言わないロゼを不審に思ったのか、心配そうにリリアが顔を覗き込んでくる。

「なんでもありません。大丈夫です」

同じ言葉を繰り返す。それはまるで自分自身にも言い聞かせているようにも感じられた。




天空から落ちてくる光の帯の中心に、ウルリカは一人立っていた。どうやら彼女のマナの力で魔法を相殺してやろうと考えているらしい。

「ホントに馬鹿な奴だなっ」
「ロゼ!?」

後衛に下がってリリアの回復を手伝っていたロゼは、考えるよりも先に体が動いていた。
魔法の範囲外に逃げる仲間とすれ違い、ウルリカの元へ向かう。
掲げられたその手は今にも振り下ろされそうだ。彼女の隣で変化しているマナも合図を待っている。その合図をした先で、彼女が魔力切れを起こすことになるのに。
夢中だった。気が付けば振り上げたウルリカの手を握っていた。

「馬鹿な真似はよせ」

声をかけると大きな新緑の瞳をまんまるにしてウルリカがこちらを見上げた。
掴んだのは光の指輪をしている方の手だ。このまま魔力の流れを変えて、ロゼが取り込んでしまえばいい。

「お前のマナの力、借りるぞ」
「えっ」

ウルリカの手を離し、光の指輪に意識を集中させる。
光の剣と同じような、けれどどこか温かさを感じる力がロゼの中に流れ込んでくる。
握っていた光の剣は白い毛に覆われ、黒い爪が現れる。体中を駆け巡る魔力は彼女のマナのものだ。
ふわり、と浮いた体を確認して、ロゼは巨大な爪を頭上に掲げる。

「貫け!」

雷とも魔法とも区別がつかない衝撃波が放たれる。
ドラゴンの放ったヘブンリィベルはかなり強力だ。推し負けそうになるが、ここで退くわけにはいかない。流れる魔力を放出させる。
ひときわ大きく轟音と衝撃波がぶつかったと思うと、ヘブンリィベルは頭上から消え去っていた。相殺できたらしい。
徐々に体内に巡るマナの力を自分の魔力へ戻していく。地面に戻る頃には腕の形は元通りだった。

「無事か?」

再び光の剣を出現させ、唖然としているウルリカに声をかける。
だがすぐにいつもの見慣れた顔に戻る。眉を釣り上げて、ロゼに突っかかってくるときの顔だ。

「な、なんて無茶すんのよっ」
「今まさに、仲間に止められようとしてたお前にだけは言われたくないな」

染み付いた溜息を返すとウルリカはうっと詰まる。正論に返す言葉は持ち合わせていないらしい。

「だ、大体! うりゅの力があれば別にあんたなんて居なくたって――」
「分かってるさ。マナの力を借りるためにお前の魔力が無くなることもな」

指摘すると開いた口がそのままになっていた。あまりの間抜け面に口元が緩みそうになる。

「全員知ってるぞ。お前、気づかれてないと思ってたのか?」

なんで、と零した彼女にロゼは告げる。顔を見る限り、本当に知られていないと思っていたようだ。
無鉄砲で後先考えない馬鹿な女なのに、どうしてこういうことを隠せると思っているのか。
言いたいことを言い始めたらキリがない。今はこの状況を抜け出す方が先だった。




調合釜の片付けをしながらロゼは先程のウルリカとの会話を思い返していた。
仲間だから、と言った。この気持ちに偽りはない。
しかし仲間だからといって無意識に触れてしまうのは――なんというか、ロゼらしくない気がする。
いつだって誰とでも一定の距離を置いてきたのに、どうにもウルリカ相手には調子が崩れる。それはこの一年で嫌と言うほど分からされた。
でもだからと言って、あの場面で、ウルリカに対して触れたいという感情が湧いてきたのはどういうことだろうか。

「……呪いの影響か」

どう考えても思い当たる節がそこしかない。しかし、呪いはもう解けたはずだ。今朝の寝起きの自分が物語っている。
ならば、この感情は一体どういうものなのか。認めてもいいのか、よくないのか、もう判断がつかない。
ぐるぐると思考が同じところをループしている。今日は調合釜の火を落として、自室に戻るのがいいだろう。明日も朝から探索の続きだ。
リリアが作るだけ作った装備品や装飾品をアトリエのコンテナに片付け、ロゼは調合釜に近寄る。
燃える木炭を釜から外そうとしたその時。

「ちょっと! まだ居るんでしょ!」

がんがん、と思い切りアトリエのドアが叩かれた。声で誰だか分かる。
返事をする前に扉が開かれ、案の定、怒った顔のウルリカが姿を現した。

「どうした」
「まだ調合釜使える?」
「ああ、今火を落とそうとしたところだから」
「じゃあちょっと借りるわ」

近寄ろうとしたロゼの隣をすり抜けて、ウルリカは調合釜に向き合う。
手に持っているのは今日手に入れたばかりの調合書だ。まさか今から装備品を整えるつもりなのか。

「全く、トニ先生ったらお説教が長いんだから!」

どうやら担任の説教からようやく解放されたらしい。連行されていたのが夕方で、今はもう夜なのでかなりの時間絞られていたようだ。

「お前が余計なことしなきゃ良かったんじゃないか?」
「だって仕方ないじゃない! 探索で疲れて帰ってきてからまともに火起こししろってのが無理な話よ」
「俺は今日ちゃんとやったけどな」

間違ってもウルリカのように魔法をぶっ放したりしない。目の前でしでかした奴が説教に連行されていくのを見ているのなら尚更だ。
ウルリカはロゼの言葉にムッとしたが、何も言わないまま調合書を開きそちらに目を落とした。ロゼに構うよりも調合を優先するらしい。
このまま話しかけても邪魔になるだけだろう。ロゼは広いアトリエの奥にあるテーブルへ向かう。

「何してんの?」
「お前が終わるまで待ってる」

椅子に腰かけたロゼはウルリカの問いかけに答えながら読みかけだった本を鞄から取り出す。

「終わったらちゃんと片付けるから帰ってもいいわよ」
「釜の火起こしすら面倒がる奴の言うことは信じられないな」

挟んでいた栞を取りながら笑ってやるとウルリカは更に眉を吊り上げて「なんですって!?」と言い返してくる。ロゼは事実を述べただけだ。

「さっさと済ませてくれ。明日ここが汚れてたら俺が怒られるんだ」
「ふん! あんたなんか高飛車女に怒られちゃえばいいのよ!」

そうしてウルリカは調合書に向き直り、てきぱきと手を動かし始めた。もう文句も飛んできそうになかったため、ロゼも本に目を落とした。




「でっきたー!」

大きな声にロゼが本から顔を上げると、両腕を上に上げてウルリカは伸びをしていた。
作業台の上には先程作ったのであろう装飾品や装備品が並んでいる。見覚えのないものばかりなので新しく手に入った調合書に載っていたものだろう。

「終わったか」

鞄に本を戻し、それを手にウルリカに近寄ると、彼女は目を大きく開ける。

「あんたまだ居たの?」
「待ってるって言っただろ。俺が出て行く気配したか?」
「分かんない。調合に夢中だったから」

典型的な一つのことに夢中になると周りが見えなくなるタイプらしい。言われずとも分かっていたが改めて口にされると、ロゼも思わず溜息が出る。

「なによ」
「別に。お前らしいなって思っただけだ」

調合釜の火を落とそうとしているウルリカの横に屈み、火ばさみで薪の燃えかすを広げる。大きな木炭は拾い上げて火消し用の壺に入れる。

「わたしがやるってば」
「いいから。お前は調合品片付けてこい」

ウルリカの事だ、火の始末を面倒がって今度はアイストームを使いかねない。こちらのアトリエまでボヤ騒ぎで使えなくなるのは御免だった。
追い払うような仕草を見せると彼女はむっとした顔をしたが、言われるまま装備品を抱えてアトリエを出て行った。数秒後に隣のアトリエの扉が開く音がしたので、自分のアトリエに片付けに入ったのだろう。


まだ使えそうな木炭をより分け、残っていた欠片がほとんど灰になる頃、ウルリカは再びロゼのアトリエに戻て来た。手には何も持っていないので片付けが済んだらしい。

「終わったか?」
「おかげさまで。そっちは?」
「そろそろ。先に帰るか?」

このまま釜の傍を離れても送風口も閉じてあるので間もなく火は落ちる。最後まで見届けた方が安全だからロゼはいつもそうしているが、ここまで処理を済ませていれば帰っても問題ない。

「いい。待ってる」

そう思って提案してみたが、ウルリカは首を横に振った。そして作業台の椅子を引き寄せて、背もたれを前にして座る。

「……めずらしいな」

てっきりロゼの提案に乗って先に寮へ戻るのかと思っていた。
アトリエの中は灯りを焚いているが暗い。遠くでミミズクが鳴く声も聞こえてくる。ウルリカが調合を始めてから随分と時間が経っているのは確かだ。

「別に、あんたに借り作りたくないだけよ」
「こんなことで借りだと思うような考えは持ち合わせてないな」

さらっと言ってのけるとやはりウルリカはむっとした顔をロゼに向ける。口をへの字にしているが、いつもと怒っている様子が違うように感じるのはロゼだけだろうか。なんとなく、元気が無いような。
そこでロゼは一つの可能性に思い当たる。

「腹、減ったのか」

ぽん、と手の平を叩いて指摘するとウルリカはいつも通りの怒った顔に変化した。

「違うわよ! てかなんの話!?」

見慣れた反応と表情にロゼは何故か安心する。ウルリカの言う通り確かに言葉足らずだった。

「いや、妙にしおらしいから腹でも減ったのかと思って」
「寮の晩ご飯食べ損ねたからお腹空いてるのは間違いないけど!」

なら尚更、先に戻って寮で軽食なりを食べる方がいいと思うのだが。本当にウルリカはロゼに借りを作りたくない、という理由だけでここに残っているのだろうか。
ウルリカの考えをどう捉えるべきか分からず、ロゼは彼女の顔を見たまま言葉を止める。反対に座った椅子をゆらゆらと揺らしながら、ウルリカは視線を宙に漂わせていた。

「一緒に、寮に帰ったっていいでしょ。……あんたと」

ぽつり、と漏らした声は静かなアトリエにやたら響いて聞こえた。

「まあ、そうだけど……?」
「仲間! 仲間だからよ!」

何を物好きな、と首を傾げて返事をするとウルリカは食い気味に言葉を被せてきた。
仲間だから、と告げた声が耳の奥でこだまする。それは先程ロゼがウルリカに対して言ったのと同じ言葉だ。
だからなにも変なことではないはずなのに、どうしてこうも――。

「仲間だから、か」
「そうよ! あんただって、そうなんでしょ」

尻すぼみになっていくウルリカの言葉に、ロゼは頷くことしか出来ない。だってそれを言ったのは自分だから。何も間違っていないはずなのに。
宙を漂ったいたはずのウルリカの瞳はいつの間にかロゼの方を向いていた。その新緑色の瞳は何かを訴えている。

「……なんだよ」

揺れるその瞳が示しているのは明らかな不満だ。何が気に入らないというのだろうか。ロゼに仲間だと言われたことか、仲間だと言ったのにトニから助けなかったことか。
問いかけにウルリカは答えない。ただ、その目で腑に落ちていないことだけを伝えてくる。気圧されそうなほどに。
積もった灰がざらり、と崩れる音がした。目を釜に向けると残っていた赤い火はもう見えなくなっていた。

「火、消えたから、帰るぞ」

もう一度ウルリカの瞳を見る勇気はない。彼女に背を向けてテーブルに置きっぱなしだった自分のカバンを手に取る。
背後ではウルリカが動く気配があった。そのまま先にアトリエを出てくれれば顔を見なくて済むのに。
そんなことを考えていると、不意にシャツの裾が引っ張られた。

「な、」

振り返ると目の前にウルリカが立っていた。何か言いたげな瞳はそのままに、ロゼの事をしっかりと見つめている。ゆっくりと裾から指先を離し、彼女は手を持ち上げる。
さらり、と少し長い自分の前髪の間をウルリカの細い指が滑っていく。そのまま頭の形に合わせて手が動く。
どうやら頭を撫でられているらしい。

「……!?」

驚きで声が出なかった。ロゼの戸惑いに気が付いているはずなのに、ウルリカは手を止めない。

「あんたにされたこと、わたしもしてみただけよ」

するすると時折髪の毛の間を縫うようにウルリカの手はロゼの頭を撫でる。心なしか、その表情は先程よりも和らいでいるように見える。

「案外、悪くないわね」

そして小さく口元を綻ばせる。彼女にしては、控えめな笑顔。
咄嗟に頭にあるウルリカの手を握った。そしてロゼの前まで下ろして、一本ずつその細い指に自身の指を絡めていく。

「ちょ、ちょっとどうしたの?」

驚いたウルリカの声ではっと我に返った。目の前には互い違いになったロゼとウルリカの手。少しひんやりしている手の平の温度。
反射的に離しそうになったが、ぐっと堪えて弱く力を込める。

「なんと、なく。お前に、触れたくなって」

先程、アトリエに二人で向かっていた時のように、無性に、ウルリカに、手を伸ばしたくなってしまった。
これではまるで――。

「何それ、まだ呪いにかかってるんじゃないの?」

ふふ、と笑いながらウルリカはロゼの手を握り返してくる。
同じことを考えていた。この感覚は、呪いにかかっていた時のものと非常によく似ている。
しかし呪いは解けた。ならば、今ロゼが持ち合わせているこの感情は一体。

「なんだろうな」

ウルリカと同じように小さく笑いを零し、ロゼはその手をゆっくりと離す。名残惜しいほどに。
手の平に残る彼女の体温を忘れないように、指を握り込む。

もう最初から分かっていた。
呪いが解けたのにも関わらず彼女の身を案じてしまうのも、
その瞳に焦がれてしまうのも、
彼女に触れたいと思ってしまうのも、

全部――ウルリカのことが好きだからなのだと。


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