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スクワブル・ダイアログ

ウルリカエンディング後
ウルリカのアトリエをルゥリッヒが訪ねてくる話
2021/1/11脱稿



きっかけはなんだったのか。二人のことだからきっと些細な理由だったに違いない。いつものように売り言葉に買い言葉で喧嘩が始まって、ロゼとウルリカの言い争う声がアトリエに響いた。作業台の上で素材の選別作業を手伝っていたうりゅも、今となっては止めに入ろうともしない。

ウルリカがアトリエを開設してから五年、ロゼがやって来てからは二年ほど経った秋の昼下がり。客が居ないのをいい事に機嫌よくウルリカが調合をしていたところで喧嘩は始まった。

「大体あんたはいつもそうやって嫌味ばっかり!」
「こうした方が良いって言っただけだろ。なんで素直に受け取らないんだ」
「それが余計なお世話だって言ってるの!」

二人して声を上げて言い合う。この調子では外にも聞こえていそうだ。実際、このアトリエで二人が喧嘩をしているのは日常茶飯事なので、近所でも「騒音アトリエ」として有名になってしまっている。
今回もいつも通りどちらかが勝って負けて、それで終わるものだと思っていた。しかしその日は言い合いの途中でアトリエの扉が開いた。二人揃って目を向けると、そこには随分と懐かしい顔があった。

「やあ、久しぶり」

軽く手を上げて、その人――ルゥリッヒは軽やかに笑った。



「お前、どうしてこんなところにっ」

ウルリカを庇うようにロゼは前に出る。決着をつけたとはいえ、一度は命のやり取りをした相手だ。学園卒業前にロゼが戦った時は正気に戻っていたように見えたが、それは今でも変わらないのだろうか。

「そう身構えないでよ。危害を加えるつもりはないよ」
「信じられると思うか?」

ひらひらと両手を振って、武器を所持していないことをアピールするルゥリッヒをロゼは睨み付ける。
見たところ確かに武器は持っていないようだが、口ではなんとでも言うことが出来る。
それにルゥリッヒが今も光の指輪の力を借りているのなら、外見だけでは武器を持っているかどうかなど分からない。ロゼは警戒する姿勢を崩さなかった。

「なんの用なの?」

ひょこ、とロゼの後ろから顔を覗かせるウルリカ。

「いや、君たちがここでアトリエをしてるっていうから、ちょっと挨拶にね」
「なんだ、そんなことだったの」

ロゼとは正反対に警戒を解いたウルリカは、ロゼの後ろから抜け出し、アトリエの奥へと向かう。

「お前っ、何やってんだ」
「なにって、まあお茶ぐらい出しても悪くないかと思って」
「お茶って……」

戸棚から茶器を取り出し、ウルリカは調合釜の隣にある小さな薪オーブンで湯を沸かし始める。

「そっちに綺麗なテーブルあるから座っていいわよ」
「んー、お茶になるのもいいけど……」

手慣れた様子で茶器の準備を始めるウルリカと、目の前の敵意がないと言うルゥリッヒにロゼが戸惑っていると、隣を彼が通り抜けていく。
気が付いた時にはウルリカを肩に担ぎ、アトリエの裏口まで移動していた。

「なっ」
「ちょっと君を借りる方が楽しそうだ」
「えっ、なになにどういうこと」

状況が読み込めてないウルリカが戸惑いの声を上げる。彼女の顔は裏口を向いているので、ロゼからは確認できない。

「待て!」

反射的に裏口へ駆け出しロゼは手を伸ばすが、ルゥリッヒは器用にそれを避ける。
裏口からウルリカを抱えたまま、ひとつ踏み込んで、ルゥリッヒはアトリエから距離をとった。

「あはは、捕まえてごらん」

悪戯っ子のように笑って、ルゥリッヒはアトリエの裏に広がる草原を駆けて行く。その先には採取でもよく行く森がある。中に入られたら探すのが少々面倒になる。

「くそっ」

自分が居ながら易々とウルリカを奪われてしまったことにロゼは奥歯を軋ませる。
追わないという選択肢はない。出入口に掛かった自分のコートを引っ掴み、ロゼも裏口を飛び出した。



森の中にある、ウルリカ達がいつも使っている休憩場でルゥリッヒはようやく止まった。肩に担いでいたウルリカを降ろし、彼は近くの大木に背中を預ける。
今は動いていないのにウルリカの視界はまだ揺れている。彼は細身に見えるが、ウルリカを担いだまま軽々とここまでやってくる程の力があるらしい。

「ここで分かるかな」
「ちょ、っと、何考えてんの?」

敵意がないと本人は宣言し、ウルリカから見ても何か危害を加えてくる様子は無かった。だから受け入れる姿勢を取ったのに、これは一体どういうことか。

「ん? 君たちが喧嘩してたから、面白くしてみようと思って」

いつものウルリカなら一発殴っているところだが、まだ視点が定まっていない。突然連れ出されたので魔法石も持っていない。これでは勝負を仕掛けるだけ無駄だろう。

「答えになってないじゃない」

顔をしかめるとルゥリッヒは心底おかしそうに笑う。一体何がそんなに面白いのか、ウルリカにはさっぱりだった。

「挨拶に来たのは本当さ。たまたま君たちがアトリエをやってるって聞いたから」
「だったらわたしをあんな風に連れ出す必要ないでしょ」
「最初はそんなつもりなかったんだけどね」

じゃあなぜ、と続けようとしたが、きっと先程と同じ「面白くしてみようと思った」と返ってくることが分かり、ウルリカは口を閉じる。わざわざもう一度、腹が立つことを言われる必要もない。

「でも意外だったよ、君たちってそういう関係だったんだ」
「え?」

きょとんとしてウルリカが聞き返すと、ルゥリッヒも同じような顔を見せた。お互いの間に数秒の沈黙が流れる。
それを先に破ったのはルゥリッヒだった。くつくつと隠し切れていない笑いを漏らす。

「嘘でしょ、あの狭い空間で一緒に暮らしててそうじゃないっていうんだ?」
「だから何の話よ」

言われている意味がウルリカにはさっぱり分からない。
確かにロゼがやって来てからアトリエでの共同生活が始まった。だがぺペロンとうりゅも居るので、完全な二人暮らしというわけではない。


「僕はてっきり、恋人同士だったのかと」


笑いながら言われ、ウルリカの動きが止まる。
恋人、とは一体。頭の中でぐるぐると単語が回るが、意味を理解することを本能的に拒んでいる気がする。

「…………はああ⁉」

たっぷり二分は経っただろうか。再びウルリカが口にしたのは叫びだった。

「いやいや、ありえないでしょ⁉ なんであいつとわたしが⁉」

共に生活をしているが、ウルリカはそんなつもりなど全くない。ぺペロンよりも調合機材を壊さないのでその分は評価しているが、あんな奴に恋愛感情を抱くなど以ての外だ。一体この男はウルリカとロゼの何を見てそう思ったのだろうか。

「君はそうかもしれないけど、彼はどうなんだろうね」
「いや、あいつもそれは無いでしょ」

手を真横に振って否定の意を示す。そんなウルリカの様子にルゥリッヒはまた腹を抱える。
本当に何がそんなにおかしいのだろうか。学園を卒業する前に遭遇した時はこんな雰囲気ではなかったような気がするのだが。

「はーおかしい。君たちは苦労しそうだね」
「もう散々してるわよ。まだアトリエの借金だって返せてないし」

そういうことじゃないんだけどな、とルゥリッヒは零し、笑いすぎて目尻から溢れた涙を人差し指で拭う。
意味も分からず笑われたことに納得がいかず、かといって目の前のルゥリッヒに沸々とする気持ちをぶつけるわけにもいかず、ウルリカは釈然としないまま黙り込んでしまった。


「君は、なぜ彼が君のアトリエにやって来たのか、考えたことはある?」
「え?」

途切れた会話を繋いだのはルゥリッヒだった。不意の質問に膝を抱えて俯いていたウルリカは顔を上げる。

「……あいつ、高飛車女のところを追い出された、って自分で言ってたわよ」

ロゼがウルリカのアトリエに来た当初、同じことを彼女も訊いた。するとロゼは「リリアのところはクビになった」となんでもないことのように言ったのだ。それが嘘とも思えなかったので、ウルリカは深く追求しなかったし、だから彼は手頃そうなウルリカのところに来たのだろう、と単純に考えていた。
学生時代は争いの絶えなかった二人だが、一緒に生活を始めてからもそれは変わらなかった。当時よりも頻度は減ったように思うが、結局いつも下らないことで喧嘩に発展してしまう。
今回も、ウルリカはもう思い出せないほどの理由で喧嘩した。調合に口出しされて苛立ったのは覚えているが、正確にどんな風に、何を指摘されのかもう分からない。

「仕えていたところを辞めさせられたからと言って、喧嘩するような相手のとこに来るのかな」
「うーん、それはどうなんだろう……」

ウルリカなら、もし仮に行く宛てがなかったとしてもロゼのところには行かない。頼るならクロエかエナのところだろう。どちらにも嫌な顔をされそうだが。
そこまで考えてはた、と気が付く。ウルリカならば、いざという時に頼る相手の候補に、天敵であるロゼは上がらない。
しかし彼はウルリカのところへ来た。考えてみればわざわざここへ来なくても、他にも助けてくれそうなところはいくらでもあるのではないだろうか。
またいつもの嫌がらせだろうか。それにしてはロゼは働き者で、今となっては頼りにしている部分も大きい。

「……よく、分からない」
「まあそうだろうね。いい機会なんじゃない? 僕は彼が更に強くなる理由を見つけられる
なら、それは大歓迎だし」
「はあ……?」

ロゼがウルリカのアトリエに来たことと、彼が強くなることとどういう関係があるのだろうか。機嫌が良さそうなルゥリッヒに対してウルリカは溜息を返す。

「そもそも、今だって逃げようと思えば逃げられるのに、君は何故ここに立ち止まってるのかな?」
「……言われてみればそうね」

指摘されるまで気が付かなかった。揺れていた視界はもう戻っている。いつも通りの状態ならば、ルゥリッヒを振り切ってアトリエに帰ることだってできるのだ。
それをしないのは何故なのか。流れでルゥリッヒと話をしていたというのもあるが、それよりもロゼの焦った顔が先に頭に浮かんだ。

「今から戻ったところで、追いかけてきてる彼とすれ違いになりそうだけどね」
「追いかけてくるのかしらね」
「来ないと思ってるんだ?」

不思議そうに首を傾げるルゥリッヒにウルリカも首を捻る。
正直なところ、分からない、というのがウルリカの答えだ。しかし先程も喧嘩をしていたことを考えると、呆れて愛想を尽かしているかもしれない。今頃得意の不機嫌顔で作業を再開しているのではないだろうか。
それはそれで腹立たしい。今すぐに文句を言ってやりたいほどだ。その感情に身を任せて駆け出してもいいのだが、体はその場から動こうとしない。
これではまるで、ロゼか来てくれると信じて待っているみたいではないか。

「えええ……」

ひとつの答えに辿り着いて、ウルリカは頭を抱える。自分にこんな気持ちがあるとは思っていなかった。
こんなのウルリカらしくない。認めたくない。ぐるぐると腹の底で渦巻く感情が更にウルリカを惑わせる。

「噂をすれば」


ルゥリッヒの声にハッと顔を上げると、目の間には息を切らせたロゼが立っていた。ぎろり、とルゥリッヒを睨み付ける眼光は鋭い。見据える先の物を全て切り裂いてしまいそうな、そんな瞳をしていた。
荒い息を整えぬまま、つかつかと大股でルゥリッヒに近づいたロゼは彼の胸倉を掴み上げ
る。

「お前、何考えてる。なにが危害を加えるつもりはない、だ!」
「あはは、危害は加えてないじゃないか」

現に彼女は無事だよ、とルゥリッヒは余裕の笑みでウルリカを指さす。つられるようにロゼの視線が移動して、ウルリカとぶつかる。
先程の刃物のような鋭利さを持っていた瞳は見開かれ、ほっとしたように揺れる。
ロゼがウルリカを追いかけてくるのか、半信半疑だった。らしくもなく、息を切らせてここまでやって来るなんて、ウルリカには信じがたい光景だ。

「なんで来たのよ」

口をついて出たのは思っていたよりもつっけんどんな言葉だった。
ウルリカの堅い声に虚を突かれたのか、安堵を滲ませていたロゼの瞳が戸惑いを含む。数秒後、すぐに不快そうに歪んでしまった。

「なんで、とは随分な言い様だな。お前がこいつに対して警戒を解かなきゃこんなことになってないだろ」

ロゼからすれば訳も分からず連れ去られ、自分の知らぬところで彼女に何かあったら、と思うと気が気ではなかったのに。何故こんな冷たい態度を取られなくてはいけないのか分からない。

「なにそれ、わたしのせいって言いたいわけ?」
「そうじゃないけど、警戒心は持てってことだ。いつも言ってるだろう」

暗に自分が原因だ、と突き放されたように感じたウルリカは更に態度を堅くする。自分の中の不服な結論と、ロゼが助けに来てくれたという事実がウルリカをがんじがらめにしてしまう。認めたくないという気持ちが前面に出過ぎていて、どうにもならなくなっている。

「分かってるわよ! でも別に無事だったからいいじゃない。なんでもかんでも警戒してたらキリないわよ」
「それは結果論だろう! 俺は、お前が、もし――」

いつの間にかロゼはルゥリッヒを掴んでいた手を離し、ウルリカと向き合っていた。
言葉を切って、辛そうに顔を歪める。ゆらゆらと悔しそうに深海色の瞳が瞬いて、息を吸い込む音が聞こえた。

「もし、お前がそのまま死んでいたらって……」

吐き出した彼の声はひどく掠れていた。走ってここまでやって来ただからだろうか。
何故そこまで、と問いかけようか。しかし訊いたところで何になるのだろう。ウルリカは、ロゼになんと言ってほしいのだろうか。

「おーい、僕のこと、もう忘れちゃった?」

立ち止まった会話に割り込んできたのはやはりルゥリッヒだった。この場の空気に能天気なその声が入ったことで、二人の纏う雰囲気が少し緩む。

「……大体、お前もこんなところまで何をしに来たんだ」
「君たちがアトリエをやっているって聞いたから、ちょっと挨拶に?」

ウルリカがルゥリッヒに抱いた同じ疑問をロゼも彼に問うと、やはり同じ答えが返ってきた。

「挨拶だけならこいつを攫う必要はないだろう」
「それだけのつもりだったんだけどね。君たちが面白そうな喧嘩してるから、ちょっと魔が差したんだ」

にこり、と笑ってルゥリッヒは続ける。


「その子はどうか分からないけど、君はその子の事が好きみたいだから」


まるでテラフラムを投げられたかのような衝撃だった。
動揺でロゼの思考が停止する。一体、自分は今、何を言われたのか。

「…………はあ⁉」

たっぷり二分は経っただろうか。ロゼが口にしたのは叫びだった。声を吐き出すと顔に熱が集まるのが分かった。こいつはなんてことを言ってくれたのだろうか。

「お前いい加減にしろよ!」
「否定しないんだね? いやぁ、悪いことしたなー」

首を傾げながらルゥリッヒが言うが全く悪びれている様子は無い。むしろ愉快そうに口元が緩んでいる。
こんなタイミングで伝えるつもりはなかった。むしろ、この先もウルリカにロゼの想いを渡すつもりなど無かったのに。羞恥と、怒りと、戸惑いと、様々な感情が入り乱れて、ロゼは再びルゥリッヒに手を伸ばした。
しかしルゥリッヒはするりとそれを躱し、アトリエから出た時と同じようにひとつ、地面を踏み込む。
一気にロゼとの距離が開き、着地した先で彼はやはり楽しそうに笑っていた。

「まだまだ君は強くなれそうだね。また来るよ、楽しみにしてる。今度は妖精さんとも会えたらいいな」
「二度と来るな‼」

噛み付くようにロゼが叫ぶと、ルゥリッヒは満足したのか、嬉しそうな顔のまま森の中へと消えていった。



残されたロゼとウルリカは、珍しく二人の間に降りてきた沈黙と向き合っていた。
先程のルゥリッヒが告げたロゼの心情を説明するべきか否か。ただ、事実であるだけに否定することは出来そうになかった。

「あのさ」

先に静寂を破ったのはウルリカだった。
真っ直ぐにロゼを見つめている。目が合うと新緑色の瞳に吸い込まれそうな感覚に陥る。

「わたし、よく分かんないけど、あんたのこと待ってたみたい」
「……?」

話し始めた本人も腑に落ちていないのか、眉をしかめながら彼女は言葉を続ける。

「帰ろうと思えば帰れるほどの時間があったのに、どうしてだか体が動かなかったの。わたし、待つの苦手なのにね」

ウルリカに堪え性がないことはロゼも一緒に生活してきて実感している。そんな彼女が、追いかけてきているかどうか分からないロゼのことを待っていたとは、にわかに信じられなかった。

「だから、来てくれて、嬉しい」

照れくさそうに打ち明けたウルリカの顔は、ロゼに負けないほど紅潮していた。つられてロゼの顔もさらに熱くなる。

「……それなら、良かった」

結局無難な言葉しか出てこなくて、ロゼの返事は素っ気ないものになってしまった。
ロゼ自身も、ルゥリッヒが暴露したことについて彼女に誠意を見せるべきなのか。ロゼの中で考えがまとまらない。

「さ、帰ろう」

ロゼが延々と悩んでいると、ウルリカは手を差し出してきた。

「調合の続きしなくちゃ。あんたが言ってたやり方、ちゃんと聞かせてよ」

唇を尖らせ、少し不服そうな態度でウルリカはロゼの手を取る。手のひらはほんのりと温かく、握りしめた指先はうっすらと冷たさを感じた。

「……それと、さっき、あいつが言ってたことも」

付け足された言葉に心臓が跳ねた。ぐるり、と顔をウルリカに向けると、彼女はロゼの方を見ていなかった。ただ、耳まで赤くなっているのだけが確認できる。
もうなかったことには出来ない。気持ちを伝えないことも無理だろう。ようやく、ロゼの腹が決まった気がした。

「……分かった。ちゃんと、聞いとけよ」

握り締めた手に力を込めると、同じように反応があった。柔らかい手のひらを確かめるように引き、ロゼとウルリカは歩き出した。

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