ウルリカエンディング後
ロゼ転がり済 ちょっと長い
23ロイヤルサンセット
「呼び鈴」「不器用」「そばにいて」
お題こちらから(全然リプされてないけど書いちゃう)
https://www.pixiv.net/artworks/90653986
2021/8/5脱稿
無性に不安になる時がある。
それは前触れなく訪れて、ウルリカに妙な感情を押し付けて勝手に去っていく。
子供の頃はそれが頻繁にあった。しかし親が居ない家の中で誰かに寄り添うことなど出来ず、ひとり魔法石を抱えて、長い夜が過ぎ去るのを待った。
今はあの頃ほどではないが、時々、思い出したかのように影を見せる。
その日は綺麗な夕焼けが見えていた。夏も終わって夜は少し冷えてくるようになった頃。アトリエのドアに掛かった看板をドアの内側に掛けながら、ウルリカは窓から外を眺める。
肌の上を滑る外気温と目の前の情景が合わさって、ウルリカの奥に潜んでいた不安を呼び起してしまう。
「……」
気が付かないフリをすることも出来た。今までもそうしてやり過ごしてきたことは多々ある。ひとりの生活に慣れてからは尚更だ。
学園を卒業してアトリエを立ち上げてからはこの感情を思い出すこともほとんど無かった。もっとも、それはアトリエの運営に四苦八苦していたからなのだが。
今となってはアトリエも順調。評判もそこそこ良い。村に小さい診療所しかないため、手軽によく効く薬が買えるのがありがたいとよく言われる。
「うりゅいか?」
いつまで経っても窓の外から視線を離さないウルリカを不思議に思ったのか、頭に乗っていたうりゅが声をかける。
「なんでもない、大丈夫よ」
言いながらウルリカは頭のうりゅを腕に抱く。くりくりした大きな瞳がウルリカを見上げていた。
ぎゅ、と力を込めて抱き締めるとうりゅはくすぐったそうに動く。
「夕飯にしようか」
「うー!」
腕の中のうりゅに呼びかけると嬉しそうに笑う。つられてウルリカの顔もほころぶ。
夕焼けに惑わされたこころは一先ず無視することにして、ウルリカはアトリエに向かった。
控えめにドアベルが鳴ったのは、もう日付も変わるのではないか、という時間だった。
アトリエの奥で帳簿をつけていたウルリカは顔を上げる。ドアを開けて入ってきたのは予想していた通りの人物――ロゼだった。
「ただいま」
「おかえり」
帰宅の挨拶を交わしながらロゼは黒いコートを脱ぐ。アトリエの壁にあるコート掛けに引っ掛け、ネクタイを緩めながらウルリカの対面に座る。
「遅かったわね」
「思いの外、討伐に時間がかかってな。……ぺペロンは?」
「採取に行ってもらってるの。今日は戻ってこないんじゃないかな」
座って一息つく姿勢のロゼにウルリカは紅茶を差し出す。ウルリカが作業中に飲むために淹れておいたものだ。少し冷めているだろうが飲めなくはないだろう。
「ありがとう」
ロゼはカップを受け取ると紅茶を口にする。特に文句が出ないので不味くはないようだ。
「お前は寝ないのか?」
「これ終わったら二階に上がるわよ」
再び帳簿と向き合いながらウルリカは告げる。買っている材料費が上がっていたのにも関わらず、商品の値段を据え置きにしてしまっていたため少し赤字になっている。
この先は自分で素材を調達するか、商品の値段を上げるか判断しないと売り上げが出なくなってしまう。しかしアトリエの運営も好調なため、値上げをして客足が遠のくことは避けたかった。
「そこ、計算間違ってるぞ」
帳簿に書き込みながら頭を悩ませていると、横からロゼの手が伸びてきた。指さす場所を見るとネクタルの値段を書き間違えていた。
「あれ、ホントね」
「疲れているなら明日にしてもいいんじゃないか?」
紅茶を飲みながらロゼは提案してくれる。彼の言い分はもっともだ。間違えるほど疲れているのなら休むのが一番だ。
しかし、ここで手を止めてしまうと、ウルリカは自分の中に置き去りにされた不安と向き合わなくてはいけなくなる。
肌を撫でた外の空気、沈んでいく夕陽。秋が来たのだと知らせるかのような風。それらがウルリカの中にある不安を呼び起こしてしまった。
何かに没頭することで不安が薄れていくのは分かっていた。だから今日は苦手な会計周りを済ませることにしていたのに。
ぴたり、と止まったウルリカの手を不審に思ったのか、ロゼは彼女の顔を覗き込む。
「ウルリカ?」
目の前にロゼの深海色の瞳が映る。はっとして後ろに身を引く。
「な、なに?」
慌てて態度を取り繕う。胸の内の不安と戦っていたら反応が鈍くなってしまった。
「いや……無理するなよ」
あまり見た事のないウルリカの姿にロゼも戸惑っているのか、歯切れ悪くそう口にする。
まさかロゼにウルリカの不安を打ち明けるわけにいかない。
「分かってるわよ」
いつものようにムッとして言い返すとロゼが安堵の表情に変わる。どうやら不安は見抜かれていないらしい。
再び帳簿に目を落とすと、目の前のロゼが立ち上がる気配。
「……おやすみ」
寝支度をするのならばもう今日は顔を合わすことはないだろう。ウルリカは顔を上げずに就寝の挨拶を投げる。
ロゼから返事はない。足音だけがウルリカの耳に届く。そしてそれは彼女の隣で止まった。
ぽすん、と頭に重み。その後、髪の毛を梳くように頭の形に反って何かが動く。
「え?」
驚いて見上げるとロゼが手を伸ばしてウルリカの頭を撫でていた。顔はいつもの仏頂面だが、頭に置かれた手は優しくウルリカの髪を滑っていく。
「な、なに? どうしたの?」
不意の行為に声が裏返ってしまった。
いつもならなんの宣言もなく触れられたら怒鳴り散らすところだが、今日に限ってはその重みが心地良い。
戸惑ったままロゼを見ていると、彼はゆっくりと口を開く。
「寂しいなら、ちゃんと言えよ」
ロゼの声が耳の奥で響いている。
寂しい、とは。ウルリカはそんなこと一言でも言っただろうか。そんな態度を出しただろうか。
ウルリカが感じていたのは不安だ。幼い頃から抱きかかえ続けて、時に向き合い、時に無かったことにしてきた。
ロゼの言いたいことが理解できないウルリカは戸惑った顔のまま彼を見上げる。
「お前、どうでもいい文句はすぐに言う癖に、こういうことはなかなか言わないんだな」
ますます分からない。ウルリカはいつだって自分の感情に率直だ。
だから今も、呼び起された不安を無かったことにしてやり過ごそうとしていたのに。ウルリカの中で片付くのなら誰かに言う必要などないのだ。
「なんでか分からないけど不安なんだろ」
どきり、とした。何故、何も言っていないはずなのにロゼにそれが分かるのか。
「そういう時は頼っていいんだよ。お前、もうひとりじゃないんだから」
俺でも、ぺペロンでも、と気まずそうに付け加えてロゼはウルリカの頭から手を離す。
(そっか――)
もうウルリカはひとりではないのだ。ウルリカに寄り添ってくれる誰かが傍に居る。不安を抱いたまま一人で夜を越さなくてもいいのだ。
改めてロゼの顔を見ると、彼は口元を少しだけ緩めてウルリカのことを見ていた。
今なら、この不安を、無かったことにしなくてもいいのだろうか。
ロゼの顔から視線を外し、ウルリカはそっと手を伸ばして彼の服の裾を摘まむ。
「手、握ってて」
声が震える。自分の中だけでやり過ごしてきた不安を口にするのは少しだけ勇気が要るようだ。
間もなくウルリカの手をロゼが掴み、指を絡める。ぎゅっと握られた手の平からロゼの熱が伝わってくる。
今までどうしようもなかった、やり過ごすことしか出来なかった不安が、胸の内から溶けて消えていく。
「お前の気が済むまで居るよ」
ウルリカの隣に座ったロゼは伏し目がちに告げて、手の平に力を込めた。