Albero
月明かり、夜を奪う

本編軸 ロゼウル未満
2021/9/23脱稿



海に浮かぶ満月は、まるで世界を照らす明かりのようだ。
訓練海域で焚き火をしながら、ロゼはそんなことをぼんやりと考える。
夏も終わり、秋の気配がするようになってきた。今日は探索ついでに採取もしようとここまでやって来たが、いつの間にか夜を迎えてしまっていた。
あらかた魔物を倒して進んできたのでそのまま戻っても良かったのだが、どうせなら朝を待とうと思い野営をしていたのだった。
幸い天気も良く、雨が降り出しそうな気配はない。持ってきた食料を食べて一息ついたら防御魔法陣の中で休んでいればいいだろう。使ってしまった魔力も回復できる。
パキパキと枝木が燃える音に耳を傾けながら、徐々に水面から顔を離していく満月に目を向ける。
見ていると心が落ち着いていく。ここ最近は自分でも理解できない気持ちが湧き上がることがあり、常に不完全燃焼のような状態だった。
夜ということもあり周りに人影はない。目を閉じれば波の音に全身が包まれる。
先日の夏季休暇の特別演習では散々な目に合ったこの場所だが、落ち着いてみれば心地よく、悪くない空間だ。
探索用のカバンから携帯食料を取り出して封を切る。念の為装備に組み込んでおいて良かった。おかげで飢え死にすることはなさそうだ。
広い空間に焚き火の燃える音とロゼの咀嚼音しか存在していない。いつも隣に居るように命じられている自分の主人の声も聞こえない。
贅沢な時間だ、とロゼは食料と一緒にそれを噛み締めた。




肩にかかる慣れない重さで意識が現実に引き戻される。
ゆっくりと目を開いて重みを感じる肩を確認すると、そこには見慣れた少女の顔があった。

「っ……!」

驚いた勢いのままその頭を跳ね除けそうになったのを寸でのところで止める。
彼の肩で心地良さそうに寝息を立てていたのは隣のアトリエのウルリカだった。
ロゼが動いたことに反応してか少し身じろぐがその瞳が開かれる様子はない。
何故かほっと胸を撫で下ろし、ロゼは一気に覚めてしまった頭で考え始める。


二人が今居るのは訓練海域奥にある魔法陣の中だ。
ロゼはその近くで火を灯して朝を待とうとしていた。魔物の気配もないため、食事を終えて魔法陣の中で目を閉じたはずだ。そこまでの記憶はある。
ならばウルリカがやって来たのはその後ということになるだろう。
ロゼの肩に体重を預けているウルリカの表情は安らかだ。普段は怒った顔しか見せないので少し新鮮に感じる。
しかしこのままではロゼの身動きが取れない。別にこのまま再び目を閉じてもいいのだが、彼女が起きた時、目の前にロゼが居たら――どうなるかは想像に難くなかった。

(……起こすか)

あまり気は進まないがロゼは手を伸ばしてウルリカの肩に手をかけようとする。
しかし、もう見慣れてしまっているはずのウルリカの顔に視線が奪われ、ロゼの手は空中で止まった。
高い位置まで登った満月がウルリカの顔を照らす。思っていたよりも長い睫毛に桜色の唇。化粧っ気はないが、月光を浴びる髪の毛はキラキラとまるで星のように輝いていた。

「綺麗、だな……」

思わず溢れ出た言葉が宙を彷徨う。慌てて口を塞ぐが口から出たものはもう取り返せない。
隣で眠るウルリカにも聞こえていたのか彼女の瞼がぴくりと動き、ゆっくりと開かれていく。
何故か彼女の顔から目を離せなかったロゼは瞼の奥から姿を現した新緑色の瞳と視線がぶつかる。
瞬間、ウルリカの頬に朱が差す。

「い、嫌味男!?」

肩に乗っていた体重が軽くなる。ウルリカが頭を上げたからだ。

「……よお」

なんと言えばいいのか分からなくて、ロゼは小さく曖昧な返事を返すことしか出来なかった。

「あんたなんで、いやわたし、なんで……⁉」
「それは俺が聞きたいことなんだけどな」

まだ頭を離しただけの距離感で混乱しているウルリカにロゼはお決まりの溜息を返す。どうやら本人もどうしてロゼの隣に居るのか分かっていないらしい。
それもまた可笑しな話なのだが、ウルリカに付き合っていると話が飛躍することは多々ある。今回もその一種だろう。

「寝込み襲おうだなんてどういう神経してんの⁉」
「誰がお前を好き好んで食うか」
「それはそれで失礼じゃない⁉」

ああまた慣れた調子で口喧嘩が始まてしまった、とロゼは頭を抱える。
心地よい空間で贅沢な時間を噛み締めていたはずなのに、いつも邪魔するのはこの女だ。
しかしいつ見てもお祭り騒ぎをしているような女の顔に目を奪われていたことも事実なので、否定したもののロゼ自身の中で腑に落ちてない感覚がある。

「嫌ならさっさと帰ればいいだろ、イカロスの翼で」
「それはっ、そうなんだけど」

その言い方から察するにそう出来ない理由があるのだろうか。一応表情で続きを促してみると、不服そうな顔のままウルリカは口を開く。

「なんか、月が綺麗だったから……そのまま帰るのもったいないな、って」

思ってもみなかった答えにロゼの瞳が丸く開かれる。この女にも情景を美しいと思う感情があったのか。
……とまで言うとあまりにも馬鹿にしすぎているだろうか。思い留まって口には出さない。

「せっかくいい景色が見れたのにあんたが居るなんて」
「お前が勝手に俺の隣で寝てたんだろ」

図星だったのかウルリカの顔が更に気まずそうになる。
こうして言い合ってはいるものの、ウルリカはロゼの隣から立ち上がろうとしない。いつもなら距離を取って遠くからでも分かる大声で意味不明な理屈を捏ねてくるくせに。

「別に好きで寝てたわけじゃ……」
「で、もう帰るのか?」

もごもごと口の中で何かを呟いているウルリカにロゼは問いかける。
このままここに二人で居てもまた喧嘩になるだけのような気がする。入学してからまだ半年ほどだが、そういったことはもう既に沢山経験してきた。
するとウルリカはロゼの顔を見上げる。空に浮かぶ満月が彼女の瞳の中に映り込み、新緑色が光り輝く。

「……もうちょっと居る」

そのまま目を伏せたので、新緑はロゼから見えなくなってしまった。
また彼女を綺麗だと思ってしまったのが何故だか悔しくてロゼは曖昧な返事しか返せなかった。

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