Albero
ただ会いたいだけ

ロゼとウルリカへのお題は
決して交わることのない線 / 手探りで探す愛 / ただ会いたいだけ】です。
#shindanmaker
https://shindanmaker.com/663099
ウルリカエンディング後
2021/1/20脱稿



レシピ本をめくる手が止まる。
調合釜の中は煮込んでいる薬が泡を吹き始めた。それでも、ウルリカの手は動かない。
いつもと変わらない日常を送っているのにどこか物足りない。やることは沢山あるのに上手く処理が出来ない。

「うー! うりゅりか!」
「おねえさん!」

二人に呼ばれてハッとする。ぼんやりと眺めていた釜の中の薬は焦げ始めていた。心無しか、鼻につく嫌な臭いもし始めている。これはまずい。

「やっちゃった……」

慌てて火を止めるが後の祭りだ。余熱でさらに薬は煮込まれて、立派な産業廃棄物に生まれ変わってしまった。これでは納品できたものではない。

「どうしたの、ぼーっとしてたけれど」
「うーん、なんか身が入らないのよねぇ」

ウルリカは焦げた釜の中身を出して処理を始める。せっかくの材料を無駄にしてしまったことよりも、無駄な作業が増えたことにため息が出てしまった。
ロゼが討伐任務に出掛けてから一週間。今回は少し遠出をするので、数日では戻らないと彼は言っていた。
普段から魔物の討伐向かう時はアトリエを不在にすることが多いロゼだ。元々ウルリカとペペロン、うりゅの三人で暮らしてきたアトリエなので、一人いなくなったところで空気感はそんなに変わらない。

(と、思ってたんだけどなぁ……)

掻き出した釜の中身をダストボックスに放り込み、ウルリカは雑巾で周りを拭き始める。直ぐに火を止めたつもりだったが、意外とこびり付いてしまっているようだ。なかなか手強い。
後ろではペペロンが産業廃棄物の入った袋を縛り、裏口から出て行こうとしていた。業者に連絡して、回収してくれるまでは裏の倉庫に仮保管するのだろう。
またもぼんやりとしたまま、ウルリカらしくなく、ぐるぐると色んな考えが頭の中を回っていく。
三人での生活は変わりない。ロゼが来る前まではこんな風に過ごしていた。彼一人増えたところで大きな変化では無かったはずだ。
なのに今はどうだろうか。ロゼ一人居ないだけで、何故か思うように手が動かない。ぼんやりとした頭は何故か彼がどうしているかを考えてしまう。

(これじゃまるで、)

まさかそんなはずは、と思うが明らかに自分らしくないのがウルリカにも分かる。恋だの愛だの、一銭にもならないものなんて、ちゃんちゃらおかしい。そう思っていたはずなのに。


がらんがらん、とアトリエのドアベルが鳴り響いた。振り向くとそこには、先程まで頭に浮かんでいた男が立っていた。

「戻ったぞ」

姿を見た瞬間、持っていた雑巾を放り投げて駆け出す。気が付けば昔よりも広くなった胸の中に飛び込んでいた。

「……どうした」

めずらしく、上擦ったような声でロゼが問いかける。ウルリカは何も言わずに首を左右に振る。
突然のウルリカの行動にロゼは考えることをやめたのか、抱きついてくる彼女の背中に手を回してきた。触れられる感覚がひどく心地良い。

(きっと、わたしは)

ぎゅ、と彼を包む力を強めると同じように反応があった。
理由なんてどうでもいい。ウルリカはロゼにここへ帰ってきて欲しかっただけなのだ。
彼のいない間に立ち上げたはずのアトリエは、もはや彼が居なくてはならない存在になってしまっていた。


上に戻る