マナの聖域探索後
ホワイトデー小説2022
2022/3/14脱稿
目の前に差し出されたのはファンシーな柄の小箱だった。
「……なんだこれ」
思わず顔をしかめて差出人――ウルリカのことを見る。すると彼女はロゼの手を取って無理矢理その小箱を手の平に乗せた。
「バレンタイン。義理よ」
言いながら右手を持ち上げる。がさり、と音を立てた紙袋には似たような小箱が沢山入っていた。
学園内がやたら浮き足立ってるなと思っていたらそういうことだったのか。ようやく納得がいってロゼは小箱を受け取る。
「めずらしいな、お前がこんなことするなんて」
「アトリエの宣伝も兼ねてるのよ」
ついつい、とウルリカはロゼに渡した小箱を指さす。裏返せ、と言っているらしいので大人しく従うと、箱の側面に「ウルリカのアトリエをよろしくね!」と手書きのメッセージが書いてあった。丸っこくてこれだけ見ると可愛らしい。
「もうすぐ卒業でしょ? 少しでも認知度上げておきたくて」
「田舎でアトリエ開くんだったな」
小箱をくるくる回しながら話すと彼女はにんまりと笑う。
「そうよ! わたしがやるんだからきっと人気アトリエになるに違いないんだから!」
「卒業課題の提出忘れてた奴がよく言うよ……」
乾いた笑いを返すと今度はむっと眉が吊り上がる。表情がころころ変わるところは見ていて飽きない。
「それとこれとは別でしょ! 大体、なんであんたがそんなこと知ってんのよ」
「戦闘技術科でも話題になってたからな」
直近の教室では卒業課題をどうしたか、という話題で持ちきりだった。その中でたまたま聞こえてきた話の中にウルリカの事があったというだけだ。別にロゼ自ら話を聞きに行ったのではない。
「ま、上手くやれよ。行くことは無いと思うけど」
「あら、あんただったら適正価格で商品提供してあげようと思ったのに」
人差し指と親指で丸い輪っかを作り、にやりと笑う彼女は明らかによからぬことを考えている顔と仕草だ。
「行ったら最後、身ぐるみ剥がされそうだ」
負けじと嫌味を言ってやると「どういう意味よ!」と聞き慣れた怒鳴り声が返ってきた。
――というやりとりをしたのが約一か月前。
あれからしばらくしてマナの聖域探索で共同戦線を張り、光のマナへのお礼参りも無事に済ますことができた。
一応ウルリカとは和解をした、と考えてもいい。ロゼ自身も彼女や彼女のマナに対して、もう薄暗い気持ちは抱いていない。
しかしだからと言って。
「……」
ロゼが今、手に持っているのは毎年リリアに贈っているホワイトデー用のピンクのガーベラだ。今年は学園の温室で育てられているものを分けてもってミニブーケを作った。
「これをあいつに?」
何故だかものすごく小恥ずかしく感じてしまう。ウルリカと花が結びつかない、ということもあるのだろう。
義理だといって渡された小箱の中には小さくカットされたチーズケーキが入っていた。恐らく調合で大量に作って切り分けたのだろう。それもあってか、ここまで大層なお返しをするのもおかしな気がしてしまう。
ただこのままだとウルリカの中でロゼが借りを作った相手になりかねない。もうすぐ学園生活も終わり、ウルリカと顔を合わす機会など全くと言っていいほど無くなるだろうが、彼女の事だ。くだらない理由でくだらない事をリリアの屋敷に持ち込んできそうである。そうなった場合、借りがあるのはロゼだと言い張られると非常に困る。
だから義理とはいえ何かを返すべきかと思案していたのだが、何を渡せばいいのかさっぱり思い浮かばない。
「……とりあえず、これはお嬢様に渡してくるか」
リリアからもバレンタインは受け取っている。見るからに高そうな包装の生チョコレートだった。毎年小声で何か言いながら渡してくるのだが、今まで聞き取れた試しはない。
果たしてこのミニブーケがそれに見合うお返しになっているのか、と問われれば微妙なところだが、下手に高価な物を贈るよりもいいかと思うことにしている。
どうせ朝一で会うのでその流れで渡そう、とロゼはブーケを持ったまま部屋を出た。
リリアとは寮のエントランスで待ち合わせをしている。今日はロゼの方が後だった。
「おはよう、ロゼ」
「おはようございます、お嬢様」
挨拶を交わしながらロゼはミニブーケを差し出す。
「バレンタインのお返しです。変わり映えしなくて申し訳ありません」
「あら、気にしないで。いつもありがとう」
「いえ、こちらこそ」
ピンクのガーベラを中心にしたミニブーケはリリアによく似合っている。香りを嗅ぐように花に顔を近づける様子は年相応の可愛らしさがある。
ふと、ウルリカにこうして同じような物を渡しても、同じような反応をしてくれるのか、という疑問が浮かんだ。ロゼの中でウルリカと花は結び付かないが、実際はどうなのだろうか。
「あの」
「なにかしら?」
ソファから立ち上がろうとしていたリリアにロゼは声をかける。
「贈っておいて聞くのもおかしな話なんですけど……貰って嬉しいものですか、花は」
ロゼはリリアだから花を贈っている。他に渡す物が思い浮かばないというのもあるが、リリ
アによく似合うと思っているからだ。
ウルリカに関してはそもそも花を愛でている印象が全く無い。ガサツで、そそっかしくて、くだらない理由でロゼに喧嘩を吹っ掛けてくる。そんな相手でも嬉しいものなのだろうか。
リリアは一瞬固まった後、小さく吹き出して笑う。
「本当におかしなことを聞くのね。嬉しいに決まってるじゃない」
貴方からならなんでも、という言葉は聞かなかったことにしよう。彼女がロゼに対して恋心を抱いていることは薄々感じている。だが、応える義理はロゼにない。
これではあまり参考にならなそうだな、と考えていたところでウィムがやって来たので、この話はそのままになってしまった。
結局あれから何もいい案は思い浮かばず、ロゼは再び学園の隅にある温室にやって来ていた。またここの園芸用の花を分けてもらえたらと思ったのだ。
もしリリアに渡したのと同じようなミニブーケを作るにしても、色合いは変えた方がいいだろう。ピンクはリリアの印象と好みの色を選択しただけだ。
温室の管理人に声をかけると好きなだけ持っていって良いと言う。趣味で育てているだけで、調合の素材にも授業用の材料にもほとんどならないため、行き先が無いので貰ってくれた方がありがたい、とのことだった。
ガーベラが咲くエリアに行くと、先日来た時と変わらない景色が広がっていた。ガーベラは様々な色が咲くのでここだけでもかなり華やかに感じられる。
「どうしたもんか……」
律儀にお返しをする必要はない、と考える自分がいる。借りは作らない方が身のためだ、という自分もいる。
ただ、この先、ウルリカと何かの縁で顔を合わせる、ということはほぼ皆無なのであれば、ここで一先ずの区切りをつける意味合いで渡しておくのがいいような気がしている。
きっと学園を卒業したら連絡なんて取らない。取る必要もないのだから。
ちらり、と視界に入ったのは見覚えのある金色。
弾かれるように顔を上げると、そこには黄色のミモザが咲いていた。
(……あいつかと思った)
こんなところにいるはずないのに、まさか色だけでウルリカと見紛うなんて。彼女のことを考えていたからだろうか。
一口に黄色と言っても濃淡様々な色合いがあるが、目についたそれは確かにウルリカの髪の毛を彷彿とさせられる色合いだった。
顔を近づけると柔らかい甘さの匂いが鼻をくすぐる。春の木漏れ日を思い出すような優しい香りだった。
頭の中にイメージが広がる。これならウルリカに似合うのではないだろうか。
ロゼは目の前で温かく咲くミモザに手を伸ばした。
◇
アトリエの片付けをして寮に戻ると、エントランスに見覚えのある空色頭を見つけた。
「あ、嫌味男」
何も考えないまま声をかけると、紺碧の瞳がウルリカを見上げた。
ロゼはソファに座って何やら作業をしていたらしい。動揺を隠せていない顔色にウルリカは首を傾げる。
「なんでそんなに焦ってんのよ。なにしてんの?」
「いや……」
制止しようとしてくるロゼの頭越しに彼の手元を覗き込む。
紙ウエスを敷いたローテーブルの上には黄色い小さな花を付けた枝が置いてあり、ロゼ自身はそれを輪っかにしたものを持っていた。
「なにそれ?」
「……ミモザのリースだ」
ウルリカを止めることは諦めたのか、得意の溜め息を吐きながらロゼは渋々答える。
だが聞き覚えの無い単語にウルリカは更に首を捻る。
「ミモザってなに?」
「この花のことだよ。知らないのか?」
「初めて見た。キレイね」
ソファを回り込んでローテーブルの傍にしゃがみ込み、ミモザの枝を一つ手に取る。
ふわふわとした黄色い小さな花が集まって筆のような形になっている。動かすたびに優しい香りがした。
「可愛い花ね。でもなんであんたが?」
花とロゼ、という組み合わせがどうにも結びつかない。彼の主人ならなんとなくバラを散らして歩いてそうなイメージがあるのだが。
それに色合いも黄色というとロゼの印象とは正反対だ。彼の髪色や服装と相まって、どことなくちぐはぐなような、それでまとまっているような。
「お前に、渡そうと思って」
「え?」
ぱ、と顔を上げる。ロゼは端まで繋ぎ終わったらしいリースをウルリカの方に差し出してくる。
「な、なんで? なに考えてんの?」
「別に。バレンタインのお返しだ。借り作ったままにしたくなかったからな」
言われて思い出す。今日はホワイトデーだ。
ウルリカはバレンタインにアトリエの宣伝と称したお菓子のばら撒きを行ったので、日中お返しを貰うことが何度かあった。
しかしそれは錬金術科の女子生徒が主で、その他の、とりわけ男子生徒からなどお返しは貰っていない。
「マメな奴ねぇ」
差し出されたリースを受け取り、両手の平の上に乗せる。
ウルリカの顔ほどの大きさがあるリースは、下半分に黄色いミモザと白いカスミソウが一緒に編み込まれている。上半分は細い木の蔓が交互に編まれ、天辺に小さな赤いリボンが結ばれていた。
「ありがと。あんたからお礼貰えると思ってなかったからちょっと変な気分」
小恥ずかしくなって笑うと、つられてロゼの頬も緩む。笑った表情はちょっとレアだ。
「あ、でもこれ、生花でしょ? 枯れちゃわない?」
香りがするということは造花ではないということだ。柔らかな雰囲気だが、枯れてしまうのかと思うと少し残念だ。退寮まで時間もないので、楽しめる期間は短いのだろうか。
「枯れる。けど、そのままにしておけばドライフラワーになる」
「そうなの?」
「ああ。だからそこそこ使えると思うぞ」
正直ウルリカにはドライフラワーがどんなものか分かっていないが、ロゼの口ぶりからすればそれなりの期間保つのだろう。
ならば早速部屋のドアに飾ってみたい。日持ちするのであれば故郷の家の玄関扉に吊るすのも可愛くていいかもしれない。
「飾ってみる。あんたにしては良いセンスしてるじゃない」
「俺にしては、は余計だ」
紙ウエスごとまとめてテーブルの上を片付けるロゼを横目にウルリカはリースを大事そうに抱える。
黄色いミモザに、白いカスミソウ、そして赤のリボン。よく見るとこの色合いは――。
「これ、アトリエのドアに飾れば、わたしのアトリエだってすぐに分かりそうね」
まさにウルリカを表現しているような配色だ。遠目からでもミモザの黄色はよく目立つ。これならアトリエの前を通りかかった人も足を止めやすいのではないだろうか。
思い付きで言ってみたが結構いい案な気がする。ロゼからの贈り物というところだけが少し引っかかるが、可愛いものは受け取っておくに限る。
掲げたリース越しにロゼを見ると、先程ウルリカが声をかけた時と同じような表情をしていた。そして、すぐに小さく吹き出して笑う。
「そうだな、それが伝わるなら俺も作った甲斐があるよ」
ロゼはくつくつと笑いを漏らしながら紙ウエスと残ったミモザを持ってソファから立ち上がる。
「じゃあまたな」
リースを渡して満足したのか、ロゼはそのまま男子寮の方へ戻って行った。
残されたウルリカは何故笑われたのか分からないまま、リースを抱え直し自分も女子寮の自室へ向かったのだった。
その後、ウルリカが故郷に立ち上げたアトリエのドアには彼女を表したようなドアリースが飾られていたとか。