Albero
変わる世界のヨアケマエ

エクストラ編後、卒業式直前
雪山でロゼとウルリカが遭遇する話
お題ガチャより
2020/3/30脱稿



光のマナへお礼参りを済ませてから数日。ウルリカたちはアルレビス学園の卒業式を明日に控えていた。
先程アトリエに行くとエナがカメラをどこかから調達してきていたので、明日の式が始まる前にリリアたちと一緒に記念撮影をする予定だ。
入学してから一年。隣のアトリエであるにも関わらず、事あるごとにぶつかってきたウルリカたちだったが、最後の最後で光のマナへ会いに行くという共通目的の元、和解のようなことが出来たのは一応良かったのだろう。
明日でこの学園ともお別れ、ということで、ウルリカは冬凪の雪山へ最後の採取にやって来ていた。

「うううう寒い」

本当は永久凍峰まで行きたかったのだが、時間があまりないので諦めてこちらに来た次第だ。
今更アトリエで調合をしたりはしないが、自分で採った材料が卒業とともに学園に回収される訳でもないので、ありがたく持って帰らせてもらおうと思ったのだ。

「村に戻ったら雪も見れなくなっちゃうしね」

ウルリカの故郷の村は気候に恵まれているため、雪が降ることは無い。アルレビス学園に入学してからこんなに雪の積もる場所があり、冬はとても寒いということを初めて知った。
さくさくと新雪を踏みながら歩を進めていく。真冬よりは少し季節が進んでいるため、そこまで雪か積もっていない印象を受ける。

アトリエの役割分担で行う採取ではうりゅも一緒に連れてきていたが、今日は自室で留守番をさせている。明日、長距離を移動して村まで帰ることを考えると、あまり疲れさせたくなかったからだ。
採取ポイントを見つけ、持ってきていた小さいカゴにうにゅうやブロンドルートを放り込んでいく。

「つめたーい」

雪は降ってはいないものの、積もっている場所に手を突っ込んで採取をしなければならないので、指先からどんどん冷えていく。雪山に来た序盤で採取用のスコップが壊れてしまったのだ。
目ぼしい材料を採り終えて手を払うと、指先は真っ赤に染まっていた。両手を擦り合わせて少しでも暖をとろうとしてみるもののあまり効果はない。

「まあ、あとは奥の採取地だけだから、なんとかなるか」

途中で帰るという選択肢は端からない。赤いバンドの裾を伸ばすことで少しでも布面積を広げ、ウルリカは先へ進むことにした。





さして強くもない魔物を倒しながら一面氷の洞窟を抜けると、外は随分と暗くなっていた。
授業がほとんどないことを理由に朝から出掛けていたので、ほぼ丸一日雪山にいたことになる。
夜は魔物も強くなるので危険だ。この一年、夜の探索で無茶をして保健室に何度か運ばれたことがある。そろそろ切り上げてもいいように思える。

(でもせっかくだから)

ついもう少し、と思いながら進んでしまう。何度も足を運び、道も知っている場所なのでそういう安心感もあった。いざとなったらイカロスの翼で学園まで最速帰還という方法もとれる。
最後の採取地にしゃがみ込み、先ほどと同じように雪の下の土を掘り返して素材を集めていく。
凍り付きそうな指先は冷たさよりも痛みが増し、手の平は指先とは対照的に真っ白になり、血の気が感じられなくなっていた。

「んんん、もう少しなのに!」

土の下に埋まっている妙薬ラディッシュを採ろうと思っていたが、どうにも手がうまく動かない。
硬い石に触れようものなら途端に痛みが走り、使い物にならなくなる。落ちていた木の枝を使って掘り進めてみるが微々たるものだ。

採取に夢中になっていて背後への警戒が疎かになっていた。声が聞こえて後ろを振り返った時にはもう目の前まで魔物が迫って来ていた。
今のウルリカが手こずらないというのは平時の話で、不意を突かれれば別だ。魔法石に手を伸ばすものの、魔法の発動は間に合いそうにない。
魔法石のコードの両端を持ち、目の前で構えて受け止める姿勢をとった時。横から黒い影がウルリカと魔物の間に割り込んでくる。
がち、と重たい音を立てて魔物の牙を受け止めたのは見覚えのある透き通った青い剣だった。
突然割り込んできた相手に魔物が怯んだのを見逃さず、青い光が一閃。魔物を真横に斬りつけると、悲鳴を上げて遠くへと走り去っていった。

「大丈夫か」
「嫌味男……」

ふっと手をかざして光の剣を消しながらロゼがウルリカに手を差し伸べる。
腰が抜けていたわけではないが、助かったことは事実だ。差し伸べられた手を握り返す。

「んっ」

黒い皮の手袋をしたロゼに手を引かれると、凍り付いていたウルリカの指先が痛みを思い出す。慌てて手を引くとロゼは驚いた顔で彼女を見ていた。
ひとつ、お得意の溜め息を吐くとロゼは手袋を外し素手になり、再びウルリカの手を、今度は両手を包み込むように握った。

「なっ」
「冷たすぎるだろ、お前の手。しもやけか?」
「う、うるさいわね」

図星を突かれ、握られた手を振りほどこうとするが、ロゼはそれを許してくれない。ウルリカが痛みを感じない絶妙な力加減で手を握り、じわじわと温めてくる。冷え切ったウルリカの手にロゼの体温は熱湯のように感じられた。

触れている手の平の温度がお互いに変わらなくなるとロゼはようやく手を離してくれた。

「もう大丈夫そうだな」
「……あんた、なんでこんなところにいるのよ」

皮の手袋を着け直しているロゼにウルリカは両手を擦りながら問いかける。なんでこんなところに、という投げかけは自分にも言えることにウルリカは気が付いていない。
するとロゼは腕を組み、再び手袋をした手でふむ、と考えるような姿勢をとる。

「その台詞、そっくりそのまま返すけどな」
「わたしは採取に来てたのよ!」
「明日卒業式なのにか?」

そう言われてうぐ、と詰まる。そんなことも知らないのか、とでも言いたげな目で見てくるが、ロゼの言っていることは正しい。
ここでウルリカが「出来る限り素材を持って帰ってやろう」と考えているとそのまま言えば、ロゼの目は更に細くなり、また溜め息を吐くだろう。それも、すごく小馬鹿にしたように。そんな場面はこの一年で腐るほど見てきた。

「卒業式前日にわたしが何してようが勝手でしょ!」
「……それもそうだな」

思い切って突っぱねてみると、ロゼは意外とあっさり引き下がり、いつものような喧嘩には発展しなかった。先ほどウルリカの手を握って温めたことといい、いつもと違う彼の様子に薄気味悪ささえ感じてしまう。

「まだ採取は続けるのか?」

感覚が戻ってきた手を握ったり、開いたりしているとロゼはそう問いかけてきた。

「ここで終わりにするつもりよ。採取地もここで最後だし」

そろそろ寒さもきつい。いつもの格好で来たことを少しだけ後悔していた。せめて何か羽織るものを持ってくるべきだった、などと考えてももう遅い。

「何か防寒する物は持ってないのか?」
「……もう終わりだからいいのよ」

言い終わると同時にずず、と鼻をすする。あまり説得力はないように見えるだろうし、ウルリカ自身もそう思う。
するとロゼは首に巻いていた白いマフラーを取り外し、ウルリカの首にふわりと巻き付け始めた。

「ちょっと、何するのよ!」
「明日卒業式だろ。風邪引いたらどうするんだ」
「風邪なんか引かないわよ! 寒くなんかないし!」

言い終わると同時にくしゃみが飛び出す。元々ゼロに近かった説得力がほぼ消え去ってしまった。
恥ずかしいやら寒いやらでどんどん顔が赤くなっていくのがウルリカにも分かる。しかも散々目の敵にして争ってきたロゼの前、というのがそれに拍車をかけている。

「いいから、今ぐらい大人しく言うこと聞け」
「うっ……」

怒鳴りつけるわけではないが、強めの口調でそう言われれば返す言葉は持ち合わせていない。そして首に巻かれているマフラーのなんと暖かいことか。
ロゼはウルリカの首にマフラーをぐるっとひと巻きしたあと、彼女の胸元でマフラーの端を結んで整えた。

「これでいいだろ」
「……ありがと」

面と向かってお礼を言うのが気恥ずかしく、巻いてもらったマフラーに顔を埋めるようにしてウルリカは声を絞り出す。
その反応に満足したのか、ロゼは口の端を分かるか分からないか程度だけ上げる。微笑んだ、ようにも見える。

「採取ぐらいなら俺も手伝うぞ。もう夜も近いし、さっさと終わらせたいだろ」
「えっ、でも」

ウルリカが躊躇っている間にもロゼはその場にしゃがみ込み、臆することなく雪の中に手を突っ込んで採取を始める。

(手伝ってくれるっていうなら、別に遠慮する必要なんかないかしら)

イマイチ掴めない今日のロゼに戸惑いながらも、ウルリカは彼の隣に並んで採取を再開した。



目ぼしいものを採り終える頃にはすっかり夜になってしまった。ひらけた空間になっているので夜空に浮かぶ星がよく見える。

「すっかり夜になっちゃったわね」
「結構材料も採れたからいいんじゃないか?」

ロゼは立ち上がりながらコートについた雪を払う。皮の手袋も払って再び装着し直している。

「収穫はそれなりね。なんか悪いわね、手伝ってもらって」
「……お前のことだから、採取に夢中でまた魔物に襲われかねないからな」
「あ、あれはたまたまよ! いつもならあんなことないんだから!」

実はこの一年間で採取に夢中になるあまり、周囲の警戒が疎かになっていたことが何度かあったことは口に出さない。
しかしそんなことも見透かしているのか、ロゼはまた口の端を少しだけ上げる。どういう意図の表情なのか読みづらいが、ウルリカのことを褒めているわけではないことが伝わってくる。

「もういいわ、帰りましょう」
「そうだな」

探索用のカバンの中を漁り、イカロスの翼を探す。失くすな、と入学してすぐにトニから釘を刺されているので、これだけは探索に出る時に限らず常に持ち歩くように気を付けていた。
が、今日はそれが見当たらない。カバンをひっくり返して探してみるが、どこにも見当たらない。出てくるのは戦闘用アイテムと回復薬だけだ。

「……お前、まさかとは思うが」
「嘘よ、だっていつもこのかばんに入れて……!」

自分で言いながらはっとする。ひとりで探索や採取に向かう場合はそうなのだが、三学期に入ってからはうりゅと一緒に探索地に向かうことが増えていた。
そしてここ最近はどうせ一緒に行動するのだから、うりゅに持たせていたことを失念していた。ウルリカから離れなければうりゅも一緒にイカロスの翼で移動できるので一石二鳥だ、と喜んでいたのは何処の誰だっただろうか。

「あああ、そうだったぁ」

頭を抱えて蹲るウルリカにロゼは頭上から溜め息を落とす。
イカロスの翼はアルレビス学園の生徒ひとりひとりに配布される貴重アイテムだが、移動できる【質量】に制限がある。基本的には生徒一人分しか移動できないようになっているのだ。
ただマナはその法則に認識されないようで、彼らが探索から帰還する際は誰かのそばに居れば一緒に帰ってくることが出来る。
いま、おそらくこの場にあるのはロゼの手元にあるひとつのみ。これでイカロスの翼を発動させたとしても、帰還できるのはロゼだけだろう。

「早く帰ってうりゅと一緒にぬくぬくしたいのに、あんまりだわ」

しゃがみ込んで地面を見つめていじけているウルリカに、ロゼはポケットの中からイカロスの翼を差し出してくる。
目の前のものとロゼの顔をウルリカはゆっくりと交互に見る。

「俺のを渡す。お前はこれで帰ればいい」
「あんたはどうすんのよ」
「俺は、キャンプまで戻って朝を待つ。朝になれば魔物の強さもマシになるからな」

ここから少し戻ったところに学園が設置した防御方陣付きのキャンプがあるので、そこで夜を越すつもりなのだろう。しかし明日は卒業式だ。朝になってから学園に徒歩で戻っていたら間に合わない。
それにロゼ達には言っていないが、式の前に写真を撮りたいとウルリカは思っているのだ。仮に卒業式に参加出来たとしても、そちらには確実に間に合わない。

「~~~じゃあわたしも残る!」
「は?」

差し出されたイカロスの翼を押し返し、ウルリカはきっぱりと言い切る。

「そもそもあんたに借りなんか作りたくないし!二人なら今から戻っても、夜中には戻れるじゃない」
「いや、でも危険だろ。お前のマナも待ってるだろうし、先に帰れば……」
「いいから! 行くわよ!」

理解できない、という顔をしているロゼを押し除け、ウルリカは先を歩き始める。彼女を一人にするわけにいかず、ロゼもその後姿を追いかけた。





昼間とは違い、凶暴性が増した魔物は思ったよりも厄介で、一面氷のエリアを抜ける頃には二人ともかなり体力を消耗していた。

「昼ならこんなにならないのに」
「だから先に帰れって言っただろう」

木々の間で身を隠しつつ、それぞれ回復薬を使う。元々採取だけの予定だったのでウルリカ手持ちの戦闘物資はそこまで多くない。学園に戻るまで在庫が足りるかどうか怪しい。
だがウルリカは回復魔法を習得しているし、装備品も魔力を上げる物を着けているので、軽い怪我程度なら回復薬に頼らなくてもなんとかなる。
しかしロゼは見たところいつも通りの装備だ。今日はたまたまマフラーをしていたようだが、それも今はウルリカの首に巻かれている。
ウルリカは首元のマフラーをぎゅっと口元に引き上げて言葉を続ける。

「だって、明日は卒業式じゃない」
「それはそうだが……そんなこだわるところじゃないだろう」
「そうなんだけど……」

エクセリフュールを切り傷に垂らしながらロゼは不思議そうにウルリカのことを見る。写真撮影のことを話していないので、その反応はもっともだ。
別に話してしまっても問題はないのだが、その程度のことで、と呆れられ、記念撮影をしない、という事態になってほしくないという気持ちがある。ウルリカとロゼの関係を考えるとそんな展開は十分にありえることだった。
それ以上なにも言わなくなったウルリカを問い詰める気はないらしく、ロゼは回復薬を自分の鞄へと戻し立ち上がり、まだ屈んでいるウルリカに手を伸ばす。

「行くぞ。夜中には戻るんだろ?」

彼から手を差し出されたのは本日二回目だ。何故だか振り払うのも気が引けて、ウルリカはその手を取って立ち上がる。
ロゼの硬い革手袋の感触を感じながら、彼に手を引かれる形で二人並んで先に進み始めた。





空を見上げると雲間から月が覗いている。ちょうど真上にさし掛かろうとしているので、もうすぐ日付が変わる頃だろうか。
随分と麓まで戻って来たような気がするが、進む道は相変わらず雪で埋もれて真っ白だ。
頼りない月明かり以外に光源が全くない道をロゼに手を引かれる形で進んでいく。今まで自分が目の敵にしていた相手と手を取り合っているのはおかしな光景だが、不思議と嫌悪感はない。

「そろそろ抜けてもいい頃なんだが」

ロゼの言う通り最奥の採取地からかなり進んでいるので、ウルリカの感覚でももうすぐ冬凪の雪山を抜けられそうな気がしていた。探索地を出てしまえば、あとは学園まで平坦な道が続き、魔物もほとんど出てこないので多少安心できる。
しかし油断するな、とでも言うようにちらちらと雪が降り始めた。雪山の夜は春先と言えど、まだまだ冷え込みが厳しいらしい。

「降ってきたな」
「……これも見納めね」
「どういうことだ?」

ぽそ、と呟いた言葉はロゼの耳にも聞こえていたらしい。前を歩いていたその顔がウルリカの方を振り返る。

「わたしの故郷、雪が降らないのよ。帰っちゃったらこういうのも見れなくなっちゃうの」

寒いのは苦手だが、雪が見られなくなると思うと少しだけ寂しく感じる。故郷であまり見ない素材が採れるからという理由もあったが、雪山を最後の採取地に選んだのは単純にもっと雪を見たかったという方が大きい。

「お前は、卒業したら、故郷に帰ってどうするんだ?」

振り返った顔を前に戻し、ロゼは問いかける。そういえば今後の展望を彼には話していなかった。

「わたしは帰ったら自分のアトリエを開くの!」
「お前がか?」
「ちょっとどういう意味よ!」

含みのある言い方をされたので噛みつくと、返ってきたのは小さな笑い声だった。完全に馬鹿にされている。

「別にいいでしょ! 田舎だし、儲けはでないかもしれないけど、なんでも屋みたいな感じで」
「錬金術士だろ、お前は」

なんの為に学園に入学したんだ、と続けられて思わず口を閉じる。これ以上は言い返しても勝てなさそうなのでウルリカは話の流れを変える。

「そういうあんたは、卒業したらどうするのよ?」
「俺か? そうだな……」

ふむ、と空いている手を顎に当て考える仕草を取るが、すぐに結論に至ったらしい。空を見ていた視線がすぐにウルリカに戻る。

「卒業してすぐはきっとお嬢様達と屋敷での生活に戻るだろうな」
「ふーん、じゃあ今とそんなに変わらない生活ね」

学園にいる今もリリアの世話をしている様子を見かけるので、生活自体に変化はなさそうだ。

「でも、今のあんたなら、他の事でも食べていけそうだけど」

ぽろりと何気なく零れた言葉にロゼの手がぴくりと揺れる。また何か気に障ることを言っただろうか。ウルリカ的には最大限に褒めたつもりなのだが。
ロゼの口から出てくるであろう嫌味に対応するべく身構えていると、彼は歩みを止めてくるりと後ろを振り返った。

「お前からそう言われるとは、思ってもみなかったな」

今度は口の端だけでなく、目も細め、明らかに微笑んでいると分かる表情でそう言った。
出会ってから今まで、お互い怒っている顔しか突き合わしてこなかったので、不意の表情にウルリカの動きが止まる。

「俺も……このままでいいのかって、思ってるところがあるんだ」
「そう、なんだ」

微笑んだまま続けるロゼの顔を直視するのが気恥ずかしく、視線を彼の胸元に下ろす。きっちりと締められた赤いネクタイにも降り出した雪がついていた。

「前までは屋敷を出ることなんか考えたことがなかった」

繋いだ手を辿るように一歩、ロゼがウルリカに近づく。身を引こうとしたが、赤いネクタイに目が留まったまま、動けない。

「でも学園に入学してから、最初は仕方なく始まったこの生活も、終わってみれば手に入れたものも多くて」
「……」
「錬金術やマナへの誤解が解けたのはもちろんだが、それより」

さく、と雪を踏みしめて更に一歩ロゼが近づいてくる。二人で風吹き高原を歩いたあの時よりも、マナの聖域を探索していた時よりも、ロゼとウルリカの間に距離が無くなる。
釘付けになっていたネクタイからウルリカはゆっくりと視線を上げる。今まで一番近い場所にコバルトブルーの瞳があった。

「お前と会えたのが、一番」

いつの間にかロゼの顔から微笑みは消えていた。代わりに真っ直ぐとウルリカを見つめるその表情は、今まで見たことがない、強い意志を感じるものだった。
見慣れている怒った顔でも、呆れ顔でもない。真剣な眼差しを向けてくる彼の顔からウルリカは目が離せなくなる。
何か返さねば、と思うものの言葉が出てこない。一体何を言えば正解なのか分からない。喉の奥に言いたいことと、思っていること、伝えてはいけないことが絡まって渋滞を起こしている。
何も言わないウルリカの状況を察してか、ロゼは繋いでいる手を軽く引いて彼女の身体を引き寄せ、抱き留める。

「今は無理かもしれないが……もし、俺が一人で生きていけるのなら」

繋いでいた手が離れてウルリカの背中に回る。更に引き寄せられてロゼとの距離がゼロになる。
彼は顔をウルリカの耳元へと近づける。

「ウルリカ。お前と、ずっと、一緒にいたい」

少しだけ震えた声がウルリカの鼓膜を揺らす。
この状況をどう受け止めればいいのか、そもそも受け止めてもいいものなのか。腹立たしいような、悲しいような、恥ずかしいような、様々な気持ちが渦を巻いてウルリカの身体の中を駆け巡る。
今だって、突き放そうと思えばそれが出来るのに、それをしないのは何故だろうか。不思議とロゼの腕に包まれていることに心地よさを感じている。それがまた少々腹立たしい。

「……もし、よ」

絞り出した声はロゼの夜色のコートに吸い込まれて、くぐもったものになってしまった。だがロゼはぴくりと肩を震わせる。どうやら声は届いているらしい。

「もし、あんたが、今の裕福な暮らしを捨ててまで、そうしたいって言ってるんだったら」

押し込められていた腕を伸ばし、ロゼと同じようにウルリカは彼の背中に手を添える。

「いいわよ、一緒に居ても」

言った瞬間、顔に火が付いたように熱くなる。雪も降っているのに体全身が燃えているようだ。

「でも、ほら、結局今までみたいに、喧嘩ばっかりになっちゃうかもしれないけど……もしかしたら、そういうのも悪くないのかもね」

自分で想像してみてもロゼと一緒に居ればすぐに喧嘩になりそうだ。だがそれもまたウルリカ達らしいと言えばそんな気がしてきて笑えてくる。むしろ今の状況こそがらしくないと言えるだろう。

「……そうかもな」

ふふ、と漏れた息と一緒に発せられた声は今まで聞いた彼の声の中で一番優しいものだった。

「そうと決まればやっぱり明日の卒業式は出ないとでしょ?」
「そうだな」

ウルリカがロゼの背中をぽんぽんと叩くと、彼は名残惜しそうにゆっくりとウルリカから離れる。顔にはまた柔らかい微笑みを携えていた。

「戻ろう。止まって悪かった」
「いいのよ、おかげでこれからの楽しみが増えたわ」

いつぞやは言えなかった「悪かった」という一言も今ならなんの躊躇いもなく伝えられるし、受け止められる。そしてそれに返ってくる言葉も声もくすぐったい。
二人はお互いの手を再び繋ぎ直し、口にしたことを真実に変えるために、帰り道を駆け出した。


診断お題でした!↓
雪が降り出した寒空の下、ぎゅっと目を瞑ったまま肩を抱かれ、真剣な声で「ずっと一緒に居たい」と言われて、見たことない相手の姿に動揺してしまうロゼとウルリカ
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