Albero
アカツキの先で待つ空を

ウルリカエンディング後
ロゼとの約束を守るウルリカが待つ話
変わる世界のヨアケマエのつづき
2020/5/6脱稿



アトリエの正面ドアに木の看板を吊り下げて、ウルリカは満足気に腰に手を当ててアトリエを見上げる。

「よしっ」

アルレビス学園を卒業して二ヶ月。故郷の村に帰ってきたウルリカは、アトリエとして使用できる物件を探し回って、ようやくこの場所を見つけた。
自分の村からも隣町からも少し離れたところにぽつりと一軒だけ建っている中古物件で、以前は老夫婦が住居として使用していたらしい。
しかしお世辞にも立地が良いと言えない場所にあるため買い手が付かず、長らく空き家となっていた。そんな時にウルリカがこの物件を買い取ると名乗りあげたのだ。
不動産屋もまさか錬金術士がアトリエとしての使用を打診してくるとは思っていなかったようだ。商談の時点で少々揉めてしまったが、なんとか購入にこぎつけることができた。
利便性は低いが村と町を繋ぐ道沿いにあるので、誰の目にも留まらないということはないだろう。

引き渡しをされてから一階はアトリエと調合スペース、二階は居住スペースとして改装を行い、あとは商品を並べれば開店準備はすべて整うところまで来ていた。
手続きと準備に少々手間取ったため、いつの間にか季節は初夏を迎えてしまった。アトリエの庭に咲いていた桜もいつの間にか散り、今は青々とした葉っぱが生い茂っている。

「おねえさん、材料の納入が来たよ」
「あっそうだった!」

ひょこ、とアトリエの端から顔を出したぺペロンに声を掛けられ、調合器具や資材を頼んでいたのを思い出す。慌てて裏口に回り、山ほどある段ボールを確認し、受け取りにサインをする。

「そういえばコンテナって届いてたっけ」
「確かもうアトリエに設置してたはずだよ」

ペペロンと話しながら外に置かれた段ボールをアトリエの中に運ぶ。
裏口入ってすぐは調合スペースになっており、カウンターを挟んだ向こう側には売り場スペースを設けている。
まだ商品棚はがらんどうなので、これから調合をして商品を追加していかなければならない。
ペペロンの言っていたコンテナは、錬金釜と氷室箱の近くに置いてあった。ここなら調合する時も便利そうだ。

「ある程度片付けたら調合始めるわよ」
「分かったよ。コンテナに入りきらない素材は二階の空き部屋に持っていくかい?」

言われて段ボールを開けていた手をぴたり、と止める。
二階にはそれぞれの個室と共用キッチンの他に、まだ何も置いていない部屋がある。

「あそこは……空き部屋のままにしておいて」
「? 分かったよ。じゃあ裏に仮置きしておくね」

ウルリカの性格なら置けるところになんでも置いてしまいそうだと思ったのだろう。ペペロンは不思議そうに首を傾げていたがそれ以上追求してこなかった。
ぺペロンがアトリエの裏手へ再び出て行ったのを見て、ウルリカは冷や汗を拭う。

(今はそんなこと考えてる場合じゃないわね)

やること、やりたいことはたくさんある。開業はもう目前ということもあり、余計なことはあまり考えたくない。
しかしそんな忙しさの中にも新しいことを始めるときめきが溢れていた。



「なーんて、思ってたけど……」

ウルリカの隣でサーキュレーターが大きな音を立てながら回る。しかしあまり効果がないようで、室内の温度は上がっていく一方だ。
炎天の季節。太陽は地上にあるものを全て溶かす勢いで熱視線を降り注いでいた。
日当たりの良いウルリカのアトリエは太陽の恩恵を遠慮なく受けており、昼間は売り場スペース、夕方の西日が差す時間は調合スペースが燃えるように暑い。

「全然お客さんも来ないし……アトリエは暑いし……」

二階は熱気が籠るためより酷いことになっている。天井についているシーリングファンも気休めにしかならない。
夕方を迎えて売り場側の日差しは幾分和らいできたが、今度は調合エリアが地獄だ。これでは調合をする気にもならない。

「まあ調合するほど商品も減ってないし、依頼もないんだけどさ……」

ウルリカはレジカウンターへ倒れ込んでぼやく。隣で同じポーズをしているうりゅは、ウルリカよりも毛むくじゃらな分、より暑さを感じるようだ。今にも溶けてしまいそうな顔をしている。
サーキュレーターを二人に当たるように風向きを変えれば、白いふわふわの毛が揺れた。

アトリエ開設から三ヶ月ほど経ったが、客足は伸び悩んでいた。
たまに来る依頼は大体常備薬の調合で、そこまでの資金源にならない。店に並べてある商品も特別な調合薬というわけでもないので、飛ぶような人気も出ない。
ウルリカ自身も積極的に新しいレシピを探したり、開発したりするように努めてはいるがそれにも限りがある。
加えてこの辺りは錬金術に明るいわけではない。よく分からない薬を売っている怪しい人達という認識が根強いのも売上が伸びない原因の一つになっている。

「ううう、こんな田舎でアトリエを開いたのが間違いだったのかしら……」
「うー……」

アトリエの業績が良くないので、家のローンとライフラインの支払いで売上は全て飛んでいく。
おかげで食事はほぼ自給自足だ。アトリエの裏に畑と小さな温室があるが、そこで採れる野菜と、ぺペロンが狩ってくる野生動物が最近の主な食材だ。
学園に入る前より貧相な暮らしをしている気がする。あの時も随分と切り詰めた生活をしていたが、ここまでではなかった。

(こんな貧相な生活……)

きっと裕福な暮らしをしてきた人には想像もつかないのではないだろうか。見ればきっと呆れるに違いない。

「いや、へこたれてても仕方ないわね。うりゅ、呼び込み行きましょう」
「うっ!」

ネガティブになる思考を振り払い、思い立ってアトリエのチラシを掴む。
村や町の酒場は夕方から人が集まり始めるので、チラシを配ってアトリエの宣伝をしよう。ついでに酒場に何か依頼が来ていないか聞きに行けば無駄足にはならない。
暑さで半分溶けそうになっていたうりゅを頭に乗せ、ウルリカはアトリエを飛び出していった。



外に出ると白い息が口から漏れる。
いよいよ寒さが本格的になってきた。今日は朝から天気が悪いのでいつもより気温が低い。
だがこの地域一帯は雪が降るような気候ではないので積雪の心配はしなくて良さそうだ。
郵便受けに入った新聞を出し、カーディガンの端を引き寄せてアトリエへと戻る。

相変わらず閑古鳥が鳴くアトリエだが、夏の頃よりは客が入ってくるようになってきた。
開店当初は薬を中心に調合・販売していたのだが、商品幅を爆弾や防具などの冒険用品まで広げた結果、旅人の客が増えたのだ。
学園に居た頃は爆薬系の調合はクロエに任せていた(彼女も好んで行っていた)ので、最初は加減が分からずアトリエのボヤ騒ぎが多発していたが、現在は商品ラインに乗せられるぐらいの安定した品質を保てている。
村と町を繋ぐ道にアトリエがあるというのも冒険用品が売れている要因になっているようだ。生活するのは少し不便だが、アトリエの売り上げが伸びるのであればそのぐらい平気だった。

アトリエの端にある暖炉に薪を放り込み、火をつける。少しの間面倒を見てやり、火が安定したところで暖炉から離れる。
調合エリアの錬金釜にも火をくべ、いつでも調合ができるように準備を始める。陽が差さない日はアトリエの中もぐっと冷え込むので釜の温度が上がるのにも時間がかかる。
釜の火が安定したのを確認し、隣にある薪オーブンに火のついた薪を分ける。調合中に小腹が空いたときのために改装段階で設置したのだが、最近はこちらで何かを食べることの方が多い。
一応二階の居住スペースにもキッチンは存在しているのだが、あまり使用されていない。むしろそちらが自室に戻った後、小腹が空いたときに何か調理するスペースになってしまっている。

「うううう寒い……」

まだ火を焚き始めてから時間が経っていないのでアトリエの中の空気が冷たい。暖かくなるまでしばらく時間がかかるだろう。

「あれ、今日は早いねえ」

暖炉の前に移動して、冷える手の平を火にかざしていたら裏口からぺペロンが入ってきた。手には薪を抱えている。どうやらアトリエ裏の倉庫から取って来てくれたらしい。

「寒くて目が覚めたのよ」
「おちびさんは?」
「まだ部屋よ。もう少ししたら起きてくると思う」

話していると二階からふわふわと降りてくる白い毛玉。まだ開いていない目でふらふらと漂っているので、階段下まで迎えに行き抱き留める。

「おはよ、うりゅ」
「う……おはょ」

朝の挨拶を交わしたものの、ごしごしと目をこすってまた腕の中で目を閉じる。どうやら二人が動く物音で目が覚めたが、まだ寝足りなかったらしい。

「まだ上で寝てて良いのに」
「きっとおねえさんに会いたかったんだね」
「まだまだ甘えんぼさんねー」

寝息を立て始めたうりゅを頭に乗せ、ウルリカは立ち上がる。朝食の準備をするために再び調合兼調理エリアへと戻る。アトリエを始めてから食事当番はぺペロンと交代制にしているが、今日はウルリカが担当だ。
食材用のコンテナと氷室箱の中を見るが、目ぼしいものは見当たらない。パンは昨日焼いた残りがあるが、こうも寒いと温かいものが一緒に食べたくなる。

「ちょっと裏の畑で野菜取ってくるわ」
「おいらが行ってこようか?」
「少しだからいい。先にテーブルの準備しておいて」

ぺペロンにそう告げて、うりゅを頭に乗せたままウルリカは裏の勝手口から畑へと向かう。
空は相変わらず曇天で気温が低く、外に出た瞬間ぴりっとした寒さが頬を刺す。
両手を擦り合わせながら畑にしゃがみ込み、野菜を素手で掘り進める。
土の中は湿っていて冷たい。水分を含んだ土が指先にまとわりついて、体温を奪っていく。

「……つめた」

呟くと口から白い息が漏れる。
寒さと闘いながら採取をしていると、今まで蓋をしていた思い出が顔を出す。
あの時も、こんな風に冷え切った手をしていて、不意に握られた手に温めてもらったのだ。

「なんか、馬鹿な約束しちゃったわね」

野菜を採り終え、手に付いた土を叩いて払う。長時間採取をしていたわけではないのに、指先は真っ赤に染まっていた。

何故かあの時は「いいよ」と答えてしまったが、それ以降二人の間に何か動きがあったわけではない。
ウルリカ自身も、そして彼も、連絡ひとつ取ってない。まるであの口約束など無かったかのようだ。
学園を卒業してからウルリカはアトリエの開業で手一杯だったのもあるが、今みたいに落ち着いた時にふとあの時のことが頭をよぎる。

「……バカみたい」

時間は進んでいるのに、ウルリカだけがあの約束に縛られているみたいに感じてしまう。
彼があの生活を捨てて、ウルリカのところに来るはずないのだ。淡い期待なんて最初からしない方がいい。そんなこと、幼い頃、旅に出た両親に置いていかれたウルリカが一番知っている。

ぎゅっと手を握れば冷えた指先が痛む。忘れ難い思い出に蓋をするようにウルリカは首を振り、アトリエへと踵を返す。
ここで待っていても、冷えた指先を温めてくれる彼はいないのだから。



いくつ季節が巡っただろうか。
今日もウルリカはアトリエのドアに看板をかける。
アトリエの庭の桜は満開で今日の青空によく映えている。この天気なら客足も伸びるだろう。

アトリエ開業から随分と経った。ようやく知名度が上がってきたらしく、ここ最近はローンの支払いも順調だ。
売り上げにムラがあるので生活を切り詰める時もあるが、立ち上げ当初よりは余裕もできた。
固定客もつき始め、行商人がまとめて調合品の注文をしてくれる時もある。色んな人が集まる酒場での地道な宣伝活動にようやく効果が出てきたのだ。

調合の腕も上がり、以前は作るのに手こずっていた物も手早く作れるようになってきた。
レシピの発想や改変も調子がよく、そこまで悩まずにアレンジが効くようになった。エナのところでバイトをしながら、普段は使わない素材で調合を行っているのが経験値になっている。

時は確実に進んでいる。
しかし一番聞きたい便りは来ない。

そのせいでいつまでも後ろを振り返ってしまう。思い出が溢れてしまいそうになる。
今はそんなことをしている場合じゃないんだと言い聞かせても、空を見れば、夜が来れば、月を見上げれば、指先が冷えれば、どうしても彼の顔がよぎる。
いつまで待てばいいのか。そんな不毛な問いかけには誰も答えてくれない。
もう待つ必要もない、と分かっているのに。あの時の約束が、脳裏に、瞼に、胸に、指先に、ありとあらゆる場所に染みついてウルリカを離してくれない。

「ホント、バカなのはどっちよ」

呟いてもやはり答えは返ってこない。
今までも、そしてこれからも、返ってくるはずがないのだ。


「誰が馬鹿だって」


声が、空気を揺らした。
弾かれるように振り返ると、桜吹雪に紛れて、記憶の中で反芻し続けた空があった。

「待たせたな」

見慣れたすまし顔で片手を上げて、彼――ロゼはウルリカに再び声を掛けた。
自然と足が動いた。朝日にウルリカの髪の毛が閃いて、彼女自身も桜吹雪の中に溶け込む。
そしてウルリカを受け止めようと、手を広げている彼に向かって、目一杯、大きく振りかぶって。

「ウコンショット!!!」
「っぐ」

ハンマー状に変化させた魔法石をがら空きの腹に叩き込んでやった。
打たれた反動でロゼはよろめき、その場に蹲ってしまう。

「なに、すんだ……」
「何が待たせたな、よ! 来るのが遅すぎるのよ!!」

魔法石を元に戻しながら、ウルリカはしゃがみ込むロゼに頭の上から怒鳴りつける。
出鼻を挫かれたらしいロゼはお得意の溜め息を吐いて、よろよろと立ち上がる。

「出会い頭にハンマー叩き込む奴がどこに居るんだ!」
「うるさいうるさい! どれもこれもあんたが悪いんでしょ!!」

反論するロゼの胸倉を掴んでウルリカは彼を見上げる。学園に居た頃よりも頭が高い位置にある。
それも何故か腹立たしくて、広くなった胸に拳を叩きつける。

「守れもしないんだったらあんな約束しなきゃ良かったって! わたしらしくもないこと思ったりして!」

どかどか、とロゼの胸を叩き続ける。彼の顔を見上げていたエメラルドグリーンの瞳がどんどん揺らいでいく。

「何してても思い出しちゃうのよ、あんたのこと! もう置いて行かれるの嫌だって分かってるのに、思い出したって仕方ないって知ってるのに……」

いつしか拳が動きを止め、ロゼの服をぎゅっと掴んで顔を埋める。彼の服からは爽やかな花の香りがした。
色んな気持ちが記憶のロゼと結びついて鼻の奥がツンとしてくる。それを誤魔化すようにウルリカが体に力を入れると、頭の上に手を置かれた。

「悪かった。これでもかなり早めに片付けたつもりだったんだ」

ゆっくりと動くロゼの手つきは優しく、ウルリカの髪の毛を梳くように撫でる。
遠慮がちにウルリカの背中に手が回って体を引き寄せられる。抵抗する気など不思議なほど起きず、大人しくそれを受け入れると、ずっと求めていた温もりが体を満たしていく。

「連絡を取りたかったんだが、お前を縛り付けるみたいに思えて」
「便りが無い方が心配になるわよ!」

ロゼはロゼなりに考えた結果、全てを片付けるまでウルリカに連絡を取らないようにしていたようだ。
そもそもウルリカ達は別れ際に自分たちの連絡先を交換していない。にも関わらず便りを寄越せというウルリカの言い分は無茶な話なのだが、分かっていても詰めずにはいられない。
胸元を掴んでいたウルリカの手を、恐る恐るロゼの背に回す。いつかの雪山で、そうしたように二人の距離をゼロにする。

「すごく待った。待ちくたびれたわ」
「……悪かったって」
「いつか来るって思ってるのが馬鹿らしくなってたのよ。アトリエだってわざわざ空き部屋一つ作って」

言っていてどんどん恥ずかしさが込み上げてくる。あんな口約束を自分だけが律儀に守って、大事にしていたのだと改めて認識させられる。

「ちゃんと、待っててくれたんだな」

背中に回された手に力が籠る。少し高くなった空色の頭がウルリカの肩に降りてくる。

「待たせて悪かった。もう、離れない」

耳元で囁かれたのは、あの時とは違うけれど、どこか同じ雰囲気を感じさせる言葉だった。

「もう置いて行かない……?」
「ああ、傍にいる」

不安になって問えば、ずっと焦がれていた声で、欲しかった言葉が返ってくる。

「じゃあ、すごく待たせたことは、許してあげる」

溢れそうになった涙を引っ込め、ロゼから離れてウルリカは笑う。
すると雪が舞い散る中で見たあの時のような優しい笑顔が返ってきた。
もう冷えた指先を一人で温めることはない。彼が傍に居てくれるのだから。



「あれ、おにいさん?」
「今日から世話になる」
「そういうことだから。自分の部屋は二階ね」
「……おいら、もう用なしってことかい……?」
「あー……ソンナコトナイワヨ」
「いやだようおねえさん! ふたりの邪魔はしないから! ちゃんと空気も読むから! ここに置いておくれよう!」
「いや、別にわたしとこいつ、そういうんじゃないって……」
「違うのか?」
「えっ」

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